内申制度で個性や自主性は失われるのか? 〜まずは、すべきことをやれっていうことです〜 その1 2017/07/07

先般、ツイッターを見ていたら、中高一貫校の先生が、以下のようなツイートをなさっていました。

 

〜内申書の制度は生徒の学力と人間性を破壊するので廃止すべきだと思う。

この制度のせいで彼らは答えを写経したワークを提出し、全く意味のない綺麗なノート作りに精を出す。

個性や自主性や批判精神が失われ、ワタミが喜ぶような従順な奴隷に近づいていく。

入試は学力試験だけにすべき。〜

 

ネットを見ていると、こういう意見を述べる方は少なくありません。

どの方も「受験」に関しては、一家言ある方です。

「入試の公平性」という点においては、学力試験一発が最も公平です。

そしてこれが正論かそうでないかと問われれば、「紛れもないド正論」です。

しかし、わたしの考えの結論を述べると、「この考え方の正しさは50%」です。

ナンバースクールのような、ある一定以上のレベルの中学生であれば、これでも問題ないです。

しかしそれ以外の中学生には、大なり小なり、内申制度は必要だというのがわたしの考え方です。

もちろんこの制度には、こちらの先生がおっしゃるような問題点があることは確かです。

とはいうものの、これを全く廃止してしまった場合のデメリットと、制度があるゆえのメリットでは、メリットのほうがまさっていると考えます。

次回に続きます)

 

 

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