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高校入試に必要な内申点については、「客観的でない」「音楽とか美術とかいうような実技教科において5,4,3の評価の違いは何か?」というような批判は各所で繰り返し語られています。
しかしそれでも昔よりは随分と透明性が上がってきています。
宮城県の公立高校で、内申点と入試の成績をどのように組み合わせて合否を判定するかということが公に示されたのは、今からつい4年前、平成25年の入試からです。
それまではどうなっているのかブラックボックスの中にあり、「たぶんこうなのではないか」という情報が受験産業から示されてきただけでした。
今でこそ、「(内申:入試=3:7)で判断する」というような基準となる数字は公開されていますが、これが長年の間、ずっと非公開とされてきたのです。
その際、内申点は3年間分の評価を点数化し、195点満点になる、という方式は今も踏襲されています。
しかし、最終的にどうなっているかは「高校の裁量」ということになっていました。
現在、当たり前のように公開されている数字も、多くの方の血と汗の結晶(?)で、ようやくなされたものです。
また、もっと昔はこれ以上におかしなことがまかり通っていました。
それは一部の中学校における「内申点の意図的な調整」です。
もちろん、当事者は否定するでしょうが、かなりの確証をもって言うことができます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
というのも、平成14(2002)年まで、内申点は「相対評価」によりました。
これによると、1つのクラスで全体の5は7%、4は24%、というふうに人数枠が決められていました。
今はそうした縛りがなく、逆にご父兄が中学生だったころと比較して「通信票の評価が甘い」と感じる原因になっています。
そういう人数の縛りがあるせいで、いくらいい成績を取っていても、人数以上の5をつけることはできません。
そのためいくらよい成績をとっても、通信票の成績を1段階下げざるを得ない、ということが行われていました。
そしてその際、1段階下げる教科を、学校の調整によって決めていたというものです。
わたしの聞く限り、それが行われていたのは、仙台中心部の学校、仙台一中、仙台二中、附属中、上杉山中、といったように、学校全体のレベルが高い中学校です。
しばらく前になりますが、高校の同級生と懇親会をやったとき、中学時代の通信票の話が出てきました。
ある一人が、
「いや〜、オレはさ、3年生のとき、5教科の中で理科、5がもらえなかったんだよね。
ちゃんと授業も受けてて、宿題とか提出物もちゃんと出して、テストも満点近くとってるのにさ」
「え? そうなの? オレは社会がそうだった。
社会だけ4」
「そう? オレは国語が4だったな」
「オレは数学が4」
そういう話が次から次へと出てくるのです。
そう答えたのは、いずれも仙台市内中心部にある中学出身者です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
彼らは卒業後、東大・京大・東北大.....といったところに進学した連中ばかりです。
そして高校受験時にも私立の滑り止めを受けずに臨んだというような人たちです。
もちろん中学ではずっとトップクラスを張ってきました。
ですから、主要5教科で4を取るというのは、考えにくいのです。
わたしは多賀城の中学におり、そのような話は聞いたことがありませんでした。
半信半疑でしたが、彼らは一様に「そんな当たり前のことも知らなかったのか」という顔をするのです。
今そんなことがあったら、大問題ですが、わたしが現役学生のころは、そうしたインチキとしか思えないようなことが平然とまかり通っていました。
しかしそれは無理からぬことかもしれません。
当時は、先に申した通り、5をつけることができる人数枠が決まっていました。
そして「内申点の意図的調整」は生徒側にとってもメリットはありました。
5から4に下げられるのが、たまたま自分に集中してしまったら、ということを考えると、それよりは科目ごとに調整をしてもらったほうが、よい結果になります。
もちろんこうした「調整」があることは、それにかかわった当時の先生方は公式には否定するでしょう。
しかし、トップクラスを張った連中の中で、「主要5教科の1科目だけが4」というのが、これだけ重複せず、きれいな形で行われていたというのは、限りなくクロに近いと言えます。
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(前回の続きです)
だから高校側としても、その当時、内申書にどのくらい重きを置いて判断していたのかというと、少なくてもわたしが通った高校においては、今以上に内申書を重視していたとは、とても思えないのです。
先生方からは、入学後に「オマエは何番で入った」というようなことを教えてもらっていました。
が、内申点のことは一言も言われたことがありません。
わたし自身も、高校受験の際に、内申書があるのはもちろん知っていましたが、内申点を意識したことは全くありませんでした。
むしろこの時代、重視されていたのは、成績そのものよりも、その生徒の素行ではなかったのかと思うのです。
そして、ナンバースクールの場合、日頃の素行はどうか、ということ以上に、極左集団に毒された破壊活動をやっていないかどうか、ということもチェックしていたのではないかと思います。
と申しますのも、一高や二高では、東北大の影響を受けて学生運動の主体として全共闘が組織されました。
今、これらの高校に制服がないのは、学生運動の一環としての制服撤廃運動の名残です。
また、これに関連するものとして、保坂展人前衆議院議員(現在の東京都世田谷区長)が起こした「内申書裁判」があります。
これは、保坂氏が中学時代の内申書に「文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内に乱入し、ビラまきを行った。大学生ML派の集会に参加している」などと記載されたために、受験した都立高校がすべて不合格になった事件です。
高校受験に際し、もしそういう経歴のある生徒であれば、高校側としてはそういう面倒な生徒は極力受け入れたくなかったはずです。
内申書も時がたつと、いろいろと意味が変わっていきます。
今日は祝日「こどもの日」です。
そこで今回の弊コラムでは、「こどもの日」にちなみ、わたしが中学生だったとき、どういう生徒だったかを記すことにいたします。
以下は、担当しているご家庭に毎月出している会報「まんてん気分」に掲載したことのある文を一部改変・加筆したものです。
わたしは、今でこそご家庭からは、身分不相応なことに「先生」などと呼ばれていますが、中学生のころは、親や学校の先生の言うことをハイハイと聞く素直な生徒ではありませんでした。
先生方にとっても、扱いづらい生徒だったでしょう。
そういう性格が災いしてか、どうも宮仕えはわたしの性に合っていません。
だからこそ、現在の稼業に落ち着いているわけでしょうが.....
わたしが卒業したのは多賀城二中です。
そこは、当時によく見られたこととして、校内暴力事件がありました。
特に、わたしの1級上が修羅の国と化していました。
そんな中学時代、わたしにとって不満の種は、毎週月曜の全校朝会時に不定期で行われる服装検査なるものでした。
当時の先生方としては、非行の芽を小さいうちに摘んでおくべく、必死だったのでしょう。
またそんな検査なんかは、やりたくてやっていたわけではないでしょう。
現在のわたしは、先生方のご苦労を理解しますが、当時のわたしとしては、痛くもない腹を探られているようで、どうにも腹に据えかねていました。
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(前回の続きです)
わけても当時の先生方の中には、体育担当でもないのに、始終体操着を着用している方がたくさんいらっしゃいました。
「自分たちはラフな格好をしているくせに、我々のほうにだけ、やれ、こういうだらしない格好をするなとか、こういう服装違反はするなとか、そんなことばかり言うのか!!!」と、ずっと感じていました。
生徒の服装をうんぬんするのであれば、まず自らが率先垂範しなくてはならないはずです。
わたしが抱いた感情というのは、今になって思い返しても、正当なものであったと思います。
こういうところが「素直でない」ところなのでしょうね(笑)。
が、当時のわたしは、それを胸の中に秘めていられるほど、先生方に対して「大人の態度」はとれなかったのでした。
もちろん、先生方にまつろわぬ態度をとれば、内申書に響くだろうということは、分かっていました。
しかし「法に触れるようなことをしたのならともかく、勉強さえちゃんとやっていれば、別にどうってことはないだろう」などと高をくくっていたのもまた事実でした。
先生のご機嫌を取って少しでも内申書をよくしようなどとは、考えたことすらありませんでした。
そのため、親や学校の先生を黙らせるには、勉強だけはしっかりやっておかねばならないと考え、実際まじめに取り組んでいました。
提出物や宿題は、当然のことながら、きちんとやっていました。
職業柄、提出物や宿題をきちんとやろうとしない生徒さんを見かけますが、中学の時の経験があるためか、彼らには生理的な嫌悪感を感じてしまいます。
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(前回の続きです)
それで内申書のほうはどうだったかというと、当然というべきか、所見欄には随分なことが記してあったようです。
今は通信票の所見欄でも、先生方は悪いことを書かないようにと、校長先生や教頭先生から指導が来るそうです。
しかし当時は全くそういう遠慮がない時代です。
きっと中学3年の担任の先生は、事細かにわたしのことをお書きになったのでしょう(笑)
それが判明したのが、高校入学後、担任の先生と二者面談をしたときのことでした。
面談が始まり、担任の先生がわたしの内申書と入試の際の成績を照らし合わせた後、じっとわたしを見つめて、発した先生の一言が、「おまえ、中学のときに何してたんだ? 随分といろんなことが書いてあるぞ」というものでした。
その瞬間、「あ、やりやがったな!」と思いました(笑)
ただ、まあ、思い当たる節はあります。
実際にどういうふうに書いてあったのかは、見せていただけませんでしたが、高校の先生のリアクションを見れば、ほぼ察しがつきます。
「もう少し、うまく書いてくれてもよさそうなもんだけどなあ。でも、まあ、高校にも入ったし、いいか…」と考え直しました。
そのようなことがあったせいか、今の生徒さんたちは、わたしから見ると、非常に大人で、素直に見えます。
「青春時代が夢なんて、後からほのぼの思うもの…..」という歌の歌詞を今さらながら思い出しています。
国語の教科書に古典として出てくる「徒然草」109段目には、「木登り名人」の話があります。
ご存じの方も多いでしょう。
内容については、あらまし以下の通りです。
〜木登りの名人と呼ばれた男が、人に指図をして、高い木に登らせて梢を切らせた。
高いところに登った人が危なく見えたうちは、名人は何も言わない。
そして、下りるときに軒の高さくらいになって、 木登り名人は「失敗をするな。用心して下りよ。」 と言葉をかけた。
兼好法師はそれを見て、「このくらいになったら、たとえ飛び下りるとしても下りられるだろう。どうしてそのように言うのか。」 と尋ねた。
すると、木登り名人は「枝が危ないうちは、本人が危険を感じているので、こちらから言葉はかけない。失敗は、易しいところになってするものだ」 と答えた。〜
これについては、全くその通りだと思います。
また、いつぞや自動車事故のことで、これと似たような話を保険会社の事故担当から聞いたことがあります。
信号がない交差点において、両方に「止まれ」の表示があるような道路は、かえって事故が起きにくいのだそうです。
これは信号がないために、お互いが慎重になって運転をするからなのでしょう。
わたしも他人のことをとやかく言えるほどではありませんが、こと指導となると、やはり生徒さんの状況に思い至らざるを得ません。
特に成績が下れば下るほど、気を抜いてしまったための間違いというのが多くなります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
やはりというべきか、当然というべきか、上位層は気を抜いてしまったための間違いが少ないです。
成績が芳しくなくなるほど、理解の度合いが深くないということに加えて、気が抜けてしまう頻度が高くなります。
本人は「この問題はいけるぞ!」と喜び勇んでしまって、突っ走ってしまうのかもしれません。
また「早く解かないと、時間がなくなってしまう」と焦ってしまうこともあるでしょう。
集中力が続かないせいもあるかもしれません。
「問題は最後まできっちり答えて初めて点数がもらえる」という意識がとにかく希薄です。
また人によっては、自分の成績がどうなろうが全く頓着しないという人もいます。
そうなるとこちらとしては、手の施しようがありません。
簡単な問題というのは、簡単だけに正答率も高いです。
ミスはゼロにすることはできませんが、極力少なくすることはできます。
そういう間違いを「凡ミスでした」という言葉だけで片付けないようにしてください。
難しくて解けない問題も、「凡ミス」で落としてしまう問題も、「試験ではできなかった」という点では全く同じです。
ちなみにこのコラムの原稿を書くとき、わたしは、推敲と誤変換などのミスをなくすために、3回音読しています。
それでもたまに誤変換があったりします。
その際は、次回から間違いをしないためにどうしたらよいのかと必ず考えるようにしています。
自分のミスには厳しくあってください。
ひさしくご無沙汰となっておりました「対抗バトル」の結果は以下のようになりました。
(模擬試験の部)
仙台市宮城野区 中学3年 W.Sくん
☆前回比 偏差値5アップ 改善率12.28ポイント
(校内実力の部)
仙台市青葉区 高校3年 M.Aさん
☆前回比 37位アップ 改善率32.54ポイント
今回は、中学3年生のW.Sくん、そして高校3年のM.Aさんを「英雄認定」いたします。
判定基準としたのは、3月末〜4月内に実施された試験です。
W.Sくんは、受賞回数をまた重ねました。
偏差値5アップというのはすばらしい数字です。
このベースを最低守り続け、来るべき来年の入試に備えてください。
高校3年のM.Aさんは、初の受賞になります。
改善率にして相当大きな数字が出ました。
高1・高2のときには、国語・数学・英語の3教科が重視されてきましたが、当然のことながら、入試はこれだけで終わりません。
志望校突破のためには、理科・社会にも目配りする必要が出てきます。
M.Aさんならば、今後さらによい結果を出すはずです。
入試直前になって、「手が回らない.....」ということのないように、指導の際にも心がけていくようにします。
受賞した生徒さんは、みな、一生懸命に頑張っています。
「自分だってやっている!」という人もいるでしょう。
確かに「全然頑張ってない」と断言できる人はまずいません。
程度の差こそあれ、「やっている」のです。
しかし問題は、「やっている」の濃密度です。
それから「志望校を必ず突破したい」という気持ちです。
受賞した両名のますますの活躍に期待します。
毎年恒例の仙台一高・二高硬式野球定期戦が来る13日(土)コボスタで行われます。
12時30分より開会式、13時より試合開始です。
試合開始は13時ということになっていますが、午前中からコボスタの前で両校によるイベントがあります。
そして今日は、定期戦を宣伝するための行進が行われます。
13時30分ころから、片平の東北大北門前を出発し、一番丁アーケード街を経由して、15時ころ西公園到着というのが行程です。
これを一高はアピール行進、二高はPR行進と呼びます。
わたしにとって、この催しは「PR行進」なので、以下そう書きます。
その様子が↓です。
新入生の皆さんにとって、多くの人の目にさらされて大声を出しながら歩く、というのは初めてという人がほとんどでしょう。
とりわけ、一高の新入生は伝統にのっとって下駄をはいての行進になります。
つまずいて怪我をすることのないようにしてくださいね。
今日、わたしも同級生とPR行進の見物に行ってきます。
PR行進は、その名の通り、元々は定期戦が行われることを仙台市民に知らしめるという目的であったと思います。
町を集団で練り歩けば、夕方のローカルニュースで取り上げてもらえることが期待できるからです。
が、見れば分かるように、多くの見物者は「何か学校のイベントがある」とは思っても、「定期戦がある」とは考えてくれないでしょう(笑)
今となっては、インターネットもありますから、いつでも情報が取れます。
それゆえ本来の意味は薄れてきているのかもしれませんが、「伝統」ということで、営々と行われています。
PR行進の流れについては、ツイッターでもレポートするようにします。
昨日のコラムは、仙台一高・二高の硬式野球定期戦に関する案内をしました。
毎年この時期になると、わたしは定期戦の話題を取り上げています。
今回は、その理由なども含めて、わたしの考えるところを述べてみることにいたします。
まず定期戦についてですが、これは一高・二高が旧制中学だったころから連綿と続いている行事です。
途中、戦争があったり、両校による暴力事件(!)があったりして、行われなかった時期がありました。
新制高校になってからは毎年きちんと行われています。
今は、基本的に1試合で勝負を決めますが、わたしが現役学生のころは、2勝したほうが優勝というルールでした。
楽天が仙台を本拠地にしてからそうなったのか、それとももっと以前から一発勝負になったのかはちょっと不明です。
先ほど暴力事件と言いましたが、今は共学になっており、加えて、二高の場合、応援団幹部に女性も入っていますから、ケンカもできません(笑)
わたしが高校生のときには、応援団幹部同士が殴り合いのケンカをやったりして、先生が止めに入ったりしていましたから、今は随分とおとなしくなりました(笑)
よって、定期戦は単なる野球の試合ではありません。
両校が担ってきている文化そのものと言ってもいいかもしれません。
新入生は、毎日毎日、応援練習があって、応援歌を徹底的に叩き込まれます。
そんな中で勉強もやらなくてはいけません。
大変です。
しかし、PR行進で初めて相手校を目にし、そして試合の応援に臨めば、「定期戦が終わるまで、オマエラは中学4年生!」と応援団幹部が言っていた意味を理解することになります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
わたしのようなOBにとっても、定期戦は「その日だけは高校生に戻れる」という、同級会的意味合いを持った行事です。
実際、結構な数のOBが観戦しに来ます。
わたしの同級生も、わざわざ滋賀や東京などからこの日のためにやってきます。
試合終了後は「祝勝会」をやることになっており、それが大きな目的ですが(笑)
また他校からも観戦に来ます。
わたしが高校生のころは、土曜日に学校の授業がありましたので、学校に行ってからそのまま球場へという人もずいぶんいました。
制服を見ると分かります。
当時から一女(今の宮城一高)は制服がありませんでしたが、二女(今の二華)や白百合、宮城学院の女性たちは来ていました。
それから一高や二高を目指す人たちも、定期戦の観戦をお勧めします。
野球の試合を見に行くのではありません。
先輩たちの応援風景を見に行くのです。
野球でいい試合を見たかったら、育英や東北高校のほうがよほどすばらしい試合をします。
定期戦を見たことがある人はよく分かりますが、エラーもたびたびで、6点差くらいは簡単にひっくり返るような「スリル満点」の展開です(笑)
重要なのは、勉強で頑張る姿でなく、勉強以外で頑張り、全校一丸となって応援する風景そのものを見ることです。
両校とも、「勉強ファースト」ではありますが、決して「勉強オンリー」ではないことに気が付くでしょう。
そうすれば、受験勉強にも別な意味を見出すことができるはずです。
さて、今日予定していた試合は、明日に順延となりました。
明日、応援に行って来ることにします!
ご家庭を訪れ、ご父兄と話をしてみますと、わたしが考えている以上に、弊サイトあるいは弊コラムをお父様がお読みくださっているのが分かります。
受験は子供にかかわることですので、どちらかというと、普段の指導ではお母様とお話しすることが多いです。
しかし、子供は夫婦で育てるものです。
父親が受験とどうかかわって行けばいいかということも大切です。
わたし自身、高校生の娘を持つ父親でもあります。
今回のコラムでは、父親は受験に関して子供とどう接していけばよいのかを書いてみることにいたします。
まず、受験に関する父親のかかわり方は、あらまし4通りに分けられます。
(1)日々の管理も、最終的な決定も父親が行う。
(2)日々の管理は母親が担当し、最終的な決定は父親が行う。
(3)日々の管理も、最終的な決定も母親が行う。ただし父親も子供の教育には何らかの関心を持っている。
(4)日々の管理も、最終的な決定も母親が行う。子供の教育は母親に任せ、関心を持たない。
これまで経験している範囲では、(3)>(2)>(4)>(1)という順番です。
わたしの考えですと、最もうまく行くケースは(2)です。
(1)のように、父親がこまごまとした日々の管理から最終決定まで担当するようになると、うまく行かないことが多いです。
父子家庭の場合は(1)にならざるを得ませんので、そうした場合を除くと、やはり父親には父親にふさわしい役割があります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
父親が前に出すぎてしまうと、子供との関係もそうですが、塾あるいは家庭教師といった受験産業従事者との関係もギクシャクしてしまう確率が高くなります。
そしてお父様に特に留意していただきたいのが、お父様が高学歴で、社会的地位が高いとされる職業に就いている場合、そして子供が娘でなく、息子の場合だったりすると、余計にギクシャクの度合いは高まります。
わたしは息子を持ったことがないので「息子を持つ父親の気持ち」というのは、体験したことがありません。
あくまで想像ですが、それは河島英五さんが「野風増」で歌っている世界と申せばいいでしょうか(笑)
父親から見ると、どうしても特に息子は自分が子供だった頃と比較し、弱々しく見えてしまいがちになります。
それは将来、社会人になるであろう息子への期待と「社会人になるのは甘いもんじゃない」という、これまでの経験から生じるものです。
息子へ期待するのは父親として当然です。
それがなければ、子供は育てられません。
しかしその期待が、その子の能力をはるかに超えていた場合、受験のみならず、後々の親子関係にも影響してきます。
最もうまく行くケースとしては、お父様が子供の教育に「過度にならない程度に関心を持つ」ことです。
日々のことは奥様に任せるとしても、「関心を持つ」のと「関心を持たない」のとでは、そこに天と地ほどの差が生まれます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
今は、働き方の性差がなくなってきているとか、女性がますます社会進出するようになってきているとか、いろいろな変化はあります。
しかし「父親は一家の大黒柱」という考え方は基本的に変化がありません。
お父様は「まず仕事」です。
非常に細かなところまで子供に神経を使っていては、くたくたになってしまいます。
何しろ、いったん外に出れば、七人の敵が渦巻いているのです。
分からず屋の上司、言うことを聞かない部下、くだらないことにクレームをつけてくる顧客.....
かといって、「子供のことは奥様にすべてお任せ。自分は子供の教育に関心なし」というのもいただけません。
奥様に子供の日々の管理を任せることと、子供の教育に関心を持たないことは違います。
「適度な関心を持つ」という姿勢さえ固まれば、あとはご家庭内で子供とのこれまでのかかわり方を考えながら、やれる範囲のことをやっていけばいいでしょう。
そうすれば今まで気づかなかったことが気付くようになります。
そんな中、お父様にできることで、比較的ハードルが低く、そして感謝されるのは、「子供の教育に関する奥様の愚痴を聞いてあげる」ことです。
これはこれでストレスのたまることではありますが、子供のためにもなるし、夫婦仲の改善にもなります(笑)
(次回に続きます)
(前回の続きです)
では、わたしはどのように父親の役割を家庭で果たそうとしているかというと、「日々の管理は母親が担当し、最終的な決定は父親が行う」という方式です。
わたしも受験産業に従事する者ですので、子供がどのくらいの能力や適性があって、どういう学習状況にあるのかは人一倍分かります。
ちょうどアニマル浜口さんと浜口京子さんのような関係になりますが、アニマル浜口さんほど娘には口を出さないようにしています(笑)
そして、基本的には、しかるべきところに娘の学習指導は任せています。
たまにご父兄や生徒さんからは、「菊池の娘は、すぐそばにプロがいるから、いいですね」と言われることがあります。
それは真理ではありましょうが、その一方で、プロとして「親が教えることの弊害」も十分に知っています。
それゆえ、一部、わたしが教えることもありますが、最小限に控えるようにしています。
娘としても、親であるわたしから勉強のことであれこれ言われすぎたのでは、相当にやりにくいでしょうし、力も十分に発揮できなくなるとの判断です。
日常の管理は家内に任せており、授業参観や面談に出席するのは、基本的に家内です。
家内に外せない用ができたり、家内の仕事が多忙なとき、わたしが出ることはありますが、例外的です。
入学式や卒業式のような学校行事にはなるべく出席しています。
「子育ては夫婦2人で」です。
以上は高校生の娘を持つ父として自らを戒める意味を込めて書きました。
指導のお問い合わせをいただくとき、しばしばご父兄からお聞きする言葉が「うちの子供はやる気が今ひとつで、果たして今後の指導がきちんと受けられるかどうか」というのがあります。
わたしはその際、「ああそうなんですか」と相槌を打つことにはしています。
が、実のところ、ご父兄の「うちの子供はやる気が今ひとつで.....」というフレーズを額面通り受け取ってはいません。
というより、「信じていない」と申し上げたほうが正確です。
わたしが実際に面談をし、指導をして「この生徒さんはやる気が今一つ.....」と判断する場合と、ご父兄がそのように判断する基準にはズレのあることが多いです。
特に、ご父兄が高学歴の方だったりすると、余計にそういう傾向があります。
ですから、わたしとしては、ほんとうにその生徒さんが指導に耐えうるかどうか、自分で体験したことしか信じないことにしています。
わたしが初めてご家庭に伺うとき、「まずは一度お会いして、面談や体験指導をしてから.....」と申し上げるのはそのためです。
それと関連することで、次のような話があります。
ずいぶん前に、家庭教師の派遣会社で仕事をしていたとき、「生徒さんのあまりのやる気のなさに、前の先生が降りてしまった」という案件が回ってきました。
担当者がそう言うのです。
「前の先生があまりのやる気のなさに.....」というのはどのくらいなのか、あまりにひどかったらお断りしようという気持ちで身構えながら、初回の面談と指導に向かいました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
それで、どのくらい「生徒さんのやる気がない」のかと思ってみたら、学力的には平均にちょっと達しないものの、非常に素直で、わたしの指導を一生懸命に受けようとする気持ちが伝わってきました。
「いったい、この生徒さんのどこが『やる気がない』の?」と、担当者の言葉を非常にいぶかしみました。
きっと、前の先生は、できる生徒さんしか相手にしてこなかったのでしょう。
この生徒さんが「やる気がない」などと言ったら、家庭教師は決して務まりません。
が、とにもかくにも、担当者からもご家庭からも感謝されました。
ことほどさように、伝聞は当てになりません。
ご父兄は当然のことながら、他人様のご家庭のご子息がどういう風に学習に臨んでいるのか、ということは知識を持ち合わせていらっしゃいません。
あくまで、伝聞と結果だけをご覧になって、「こうに違いない」と想像しているだけです。
その際、ご父兄にとって確実な情報は、自分の学生時代と、子息の現状との比較です。
実際に指導をしてみると、確かにご父兄のお言葉通りということもあります。
相当な重症の場合もあります。
そしてわたしの指導を受ける気のない生徒さんは、指導に耐えられないものとして、早々にお断りしています。
しかし実際に指導をしてみると、非常に素直で、いい生徒さんであり、その後の指導でよい結果を収めるようになっている、というケースは多数あります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
そういう生徒さんは、どちらかというとおとなしいタイプです。
「オレがオレが! ワタシがワタシが!」というタイプではありません。
そうした場合、わたしが「ちょっと一押し」を加えると、順調に滑り出します。
そのようなこともあり、「うちの子供はやる気が今ひとつで.....」とご父兄がお考えになるほど、わたしとしては気にならない場合が多数あるのだということをご理解ください。
これはわたしたちが病院の診察を受けるときのことを想起していただければと思います。
医師は日々、患者に接しています。
それゆえ、診察を受ける患者にとっては、相当に重大そうに思えても、病気全体の重篤さから考えると、そこまでは行っていない、ということがよくあるように思うのです。
それに医師は病気の人を見慣れてしまっているため、多少のことでは驚かなくなる、ということもありましょう。
そこはプロの仕事ですから、自らの経験に基づいて、淡々と職務をこなすだけです。
それと家庭教師の指導も同じです。
逆に、「うちの子供は、やるように言われたことは、たぶんやると思います」とおっしゃるご父兄の言葉に嘘はありません。
こういう生徒さんは指導が長続きしますし、したがって、結果も出ます。
わたしがいつも申しているように、成績向上に必要なのは、能力と志気です。
いくら能力が高くとも、志気が高くなければ、十分な結果は出せません。
それはスポーツにせよ、仕事にせよ、受験勉強にせよ、全く同じことです。
去る17日、多賀城市内で中学2年の生徒が自ら命を絶ってしまったという報道がありました。
側聞するところによれば、その生徒は市内の高崎中に在籍し、ホテルキャッスルの屋上から飛び降りたとか。
多賀城はわたしの出身地であり、高崎中にもホテルキャッスルにもなじみがあります。
どういう理由であれ、この世に生を受けてから10年と少しで自ら死を選んでしまったという事実については、非常に心苦しい思いがします。
このところ、県内では同様の事件が相次いでいます。
「またいじめによる自殺?」とお感じになった方も多いのではないでしょうか。
現在のところ、何が原因かは報道されていません。
今回のコラムでは、今回の事件の原因はさておき、昨今とみに起きている「いじめを苦にした自殺」につき、つい見落としがちな視点について語ることにいたします。
第一に、一般論として、生徒による自殺の原因がいじめであることが明らかなら、まずもって責任を負うべきは、いじめに加担した生徒とその生徒の父兄です。
学校ではありません。
こういう事件があると、なぜ学校の管理責任ばかりが問われ、加担した本人の責任が取り上げられないのでしょうか?
不思議でしかたがありません。
もちろん、加担者が誰なのか、はっきりしない場合もあるでしょう。
しかし、客観的に見てそれが分かるのであれば、加担者とその父兄はしっかり責任を取るべきです。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
なぜ学校がまず叩かれるのか、理由は簡単です。
加担者は未成年であり、はっきりしない場合もあるのに対し、学校であれば、責任の所在がはっきりしていて、追及の矛先を向けやすいという事情があるからです。
学校側が意図的にもしくは意図せずして、いじめに至る兆候を見逃していたなら、落ち度に応じて責任を取ればいいのです。
学校ばかりを追及してよいものではありません。
3年前に起きた館中学での事件については、学校側がいじめによる自殺を隠蔽し、虚偽の説明を行うなど、対応がまずかったから責任が問われたのです。
誰かを悪者にする必要があるとすれば、それはまず学校ではありません。
また今回の件で、校長が「市教委に対応を一任している。話せることはない」と語ったと報道されたことに対し、ネットの一部では、そのコメントが「校長の屑ぶりを示す」などの書き込みが見られました。
いったいどこが「屑ぶりを示す」ものなのでしょう(笑)?
取材の現場を見ていないので分かりませんが、コメントの一部を切り貼りしている可能性もあります。
それは新聞記者がよくやる手法です。
原因が分からないのですから、このようにコメントするしかないではありませんか。
事件の全容が明らかになり、学校側に手落ちがあるのなら、そのときに初めて学校を指弾すべきです。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
第二に、もし「いじめ」が、法に触れるものであるとき、学校は警察の助けを借りるべきです。
「いじめ」とひとくくりにされていても、もし暴力がなされたなら、暴行傷害事件ですし、金品を奪い取られたら、恐喝事件です。
教育現場が学校に警察導入をためらう風潮があるのかどうかについては、分かりません。
しかし実際に人が亡くなっているという事件が起きていることに鑑みれば、学校だけでこの種のことをすべて解決しようと思ってもそれは不可能です。
加害者の「事情聴取」となれば、学校の先生と違って、警察は遠慮がありません。
警察力を現場へ入れれば、相当に大きな抑止力になるはずです。
学校の先生による体罰が刑事事件になるのであれば、「いじめ」と称する暴行・恐喝事件も法の下に裁かれて当然です。
第三に、子息が学校へ通っている限り、いじめの被害者にも加害者にもなりえるということをご父兄は理解しておく必要があります。
親という立場にしてみれば、自分のあずかり知らぬところで、自分の分身が他人様の子息を虐げたり、また他人様の子息から虐げられたりしているわけです。
もし事件が起きてしまった場合、被害者の親もそうですが、加害者の親もつらいはずです。
自分の子息が不始末をしてしまえば、自ら関知しないところで、「親の管理不行き届き」という結果責任だけが降りかかってきます。
そしてそれは、道義的責任のみならず、被害者から損害賠償の訴訟提起という金銭的な責任を負わなくてはならない可能性も出てきます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
被害者からの損害賠償については、例えば、こういう新聞記事がネットにありました。
<ケース1>
平成29年5月17日、沖縄県うるま市内の中学校で2013年に発生した上級生が下級生数人に暴行したいじめ問題で、被害生徒の1人の親が市と加害生徒に対し損害賠償を求めた訴訟でこのほど、和解が成立した。
被害者に和解金として市が65万円、加害生徒側が計155万円を支払うことで和解した。
<ケース2>
平成25年2月24日、加害者とされる同級生3人とその保護者および大津市を相手に、遺族は約7720万円の損害賠償請求を大津地方裁判所に提訴した。
平成27年3月17日、裁判では、大津市側の安全配慮義務違反を認め、支払い済みの見舞金2800万に加えて和解金1300万円を支払い、学校や市教委が謝罪するとの内容の和解勧告が提示され、大津市と遺族側との合意が成立した。
加害者とされる生徒との裁判は分離され、審議継続される。
被害者の家族は、市のみならず、加害者にも賠償請求をしています。
加害生徒に支払い能力があるはずもありませんから、結果として親が負担することになってしまいます。
上記のような場合、家族の平穏な生活にも金銭的な支障が出てくる場合があります。
損害保険会社で扱っている個人賠償責任保険というのもありますが、当然ながら、こういう「故意」による損害賠償は、支払いの対象にはなりません。
親の全額自弁です。
事件を未然に防ぐこととして、親ができるのは、「関心をもって子供を見守る」という姿勢です。
もちろん、細心の注意を払っていても、起きる場合はありますが、抑止を高める効果は間違いなくあります。
この種の件で、一番怖いのは、「親の無関心」です。
二華中・青陵中といった公立の中高一貫校の受験もこのごろではすっかり定着してきた感があります。
わたしへの指導依頼の問い合わせも、小学生に関して申せば、以前は東北学院・白百合・宮城学院といった私立中学入試の対策か、学習に遅れが目立つ生徒さんのどちらかでした。
このごろは、学習塾と併用しながらの二華中・青陵中対策をご希望になるご父兄がかなり増えています。
入試対策としては、俊英四谷大塚、栄光ゼミナールといった大手の学習塾のプログラムに沿った形での学習というのが、一般的です。
そこで、今回は家庭教師という視点から、二華中・青陵中の受験に関して、塾ではあまりしてくれないような話を3つほどすることに致します。
まず、ご父兄が最も気になるのは、「対策はいつから始めればいいのか」ということです。
これについて、答えは「早ければ早いほどいい」ということになり、塾でもそのように言うでしょう。
俊英四谷大塚、栄光ゼミナールは、いずれも4年生からのコースです。
ただ俊英四谷大塚は、小2・小3からのジュニアコースもあります。
ただ、ご父兄がお知りになりたいことは、「早ければ早いほどよいのは分かっているが、いつまでであれば間に合うのか」という点だと思います。
それに関して申し上げると、わたしの考えでは、二華中は5年生の7月夏休み開始前まで、青陵中は5年生から6年生に上がるときの春休み前までというのがデッドラインです。
それを超えて、栄冠を勝ち取った受験生ももちろんいるでしょうが、この時期を逸してしまうと、受験生はかなり苦労します。
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わたしの場合、二華中の合格実績はありませんが、二華中の受験生の指導は経験があります。
また青陵中に関しては、合格実績があり、また青陵中に在学した生徒さんを教えた経験もあります。
青陵中の合格者については、6年の春休みから対策を始めた生徒さんが、最も遅かったです。
その生徒さんは優秀で、意識が高く、また一生懸命に頑張る生徒さんでしたので、指導にあたって何の支障もありませんでした。
しかし、そういう生徒さんであっても、対策がもう2か月くらい遅かったら、合格は厳しかったという印象を持ちました。
また、二華中に関していうと、青陵中よりは1年前倒しして進めておくべきです。
青陵中より早めの対策が必要である理由は、まず、入学の難易度が青陵中より高いからです。
そして入学後の学習が青陵中に比べて進度が早く、高度なものを要求されるからです。
今期、仙台一高に入学した生徒さんは、二華中受験生でした。
その生徒さんが対策を始めたのは、6年生の新学期になってからです。
非常に優秀な生徒さんではありましたが、中学受験では二華中に縁がありませんでした。
その経験を生かし、高校では見事に栄冠を勝ち取りました。
この生徒さんについては、せめてもう半年早く対策を開始していたら、合格も可能だったのではないかと想像しています。
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二つ目にご父兄に申し上げたいのは、「情報源は搾って活用し、いろいろなところから取り過ぎない」ということです。
二華中・青陵中の受験生のご父兄は、さすがは意識の高い方ばかりです。
情報収集にも熱心です。
それはそれで必要なことですが、あまりにもいろいろなところから情報を集めようと思うと、情報が多すぎて何が何だか分からない、ということになりがちです。
いろいろなソースから徹底して情報収集をやるのは、わたしのようなプロであれば必要です。
しかし、ご父兄は情報集めも重要ですが、親として子息の精神的なサポートなど、それ以上に大切な任務があります。
情報は多いに越したことはありませんが、情報源、すなわちその情報をどこから手に入れるか、ということについては、ある程度搾ったほうがよいでしょう。
具体的に申し上げれば、情報源は塾を中心とし、そしてそれを他のご父兄の口コミやネット情報などで補うというふうになります。
その際、補助的な情報源は、信頼できると感じることができるところに搾ったほうがよいです。
そして、ある事項に対して、3人がほぼ同じようなことを言っていれば、それが事実に近いものと判断してよかろうと思います。
逆に、情報源が限られ過ぎてしまうと、これまた危険です。
人間は意図的に、また意図せずして、間違いますから.....
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三つ目に申し上げたいのは、勉強している子息には「勉強、お疲れさん」という、ねぎらいの気持ちを持って接することです。
受験生たる子息は、まだ10年前後しか人生のキャリアがありません。
ご父兄にとっては、10年前というと、「ちょっっぴり長めの『こないだ』」ですが、子息にとっては人生そのものです。
そのため、特に「母親から見た息子」は、いくら学業優秀でも、幼いところが見えるはずです。
中学受験における親子間の意識のずれなど、受験までに克服すべきことはたくさんあります。
解決法もそれぞれでしょうが、それらのかなりの部分が、まず親のほうが勉強を頑張る子供に対して、ねぎらいの気持ちを土台にして接すれば、解決もしくはよい方向に進んでいく気がします。
意外にお感じになるかもしれませんが、子供は何らかの形で親の期待にこたえようとします。
「いや、うちの子に限ってそんなことはない!」という場合であっても、実際に指導で接してみると、親が自分に何を期待しているかを察し、できる範囲で、親の期待にこたえようとしています。
いわんや、二華中・青陵中を受験するという生徒さんたちは、平均的な生徒さんたちよりはかなり意識が高いですから、なおさらです。
結婚式のスピーチではありませんが、子育てには照る日もあれば、曇る日もあります。
いろんな葛藤もありましょうし、勉強が身に入っていないときもありましょう。
ただ、最終的には子息にねぎらいの気持ちで接すれば、「雨降って地固まる」となります。
5月も終盤となりました。
中体連の総体で、部活動が遅くまであり、なかなか勉強のほうまでは頭が回らないかもしれません。
しかし6月の定期試験はすぐにやってきます。
そのための準備は着々と進め、試験前になって慌てないようにしなければなりません。
公立中学校の定期試験と言えば、学校から配付される副教材ワークが大きな意味を持ちます。
わたしも、指導の際には副教材ワークの進捗状況に目配り・気配りを欠かさないようにしています。
仙台一高・二高を目指す生徒さんであれば、
「試験までにワークはきちんとやっておいてください」
とサラッと触れる程度にし、進み具合だけをチェックしています。
しかしその他の生徒さんに関しては、わたしの指導の際に副教材ワークの問題を解いたり、また課題としても出すなど、「まずワークに書いてある内容を確実にする」ということをやっています。
その際には、当然のことながら、繰り返し解くようにしています。
学校へは基本的に、考査後、ワークに書き込んだ上で提出しなくてはなりません。
しかし、国語・数学・英語の副教材ワークは、いったん書き込んでしまうと「繰り返し解く」という作りになっていません。
そういうわけで、その際は、市販の類似教材を使うなど、いろいろと工夫はしています。
ほんとうは、ワークに直接書き込むのでなく、別なノートに答えを書いて提出するという方式を学校の先生方が認めて下さるとありがたいのですが.....
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わたしが副教材ワークの件でいつも思うのは、定期試験5教科で200点取れない、すなわち30点台から下という生徒さんに他の生徒さんと同じ課題をやらせるのは、無理だということです。
英語・数学の場合は余計にそう思います。
その辺のことは、心ある中学の先生ならばお気づきのはずです。
先生方としては、なかなか生徒さんの個別の事情には構っていられないでしょう。
ゆえに、わたしとしては「上に政策あれば、下に対策あり」を実践しています。
つまり、
「分かっているところだけをやれ」
「それ以外のところは、答えを丸写ししろ」
「とにかく期限までに提出しろ」
というワーク三原則(というほど大層なものでもありませんが.....)です。
とにかく、提出せずに放置するのは非常に先生の心証を悪くします。
それは絶対に避けなくてはなりません。
その件については、一度、腹立たしい出来事がありました。
以前、担当していた案件で、5教科100点をちょっと超える程度、そして数学は3回連続して100点満点中10点未満という中1の生徒さんがいました。
その生徒さんは、副教材ワークの提出義務を果たそうという発想がまるでなく、小学生のときからそうしてやり過ごしてきたようでした。
その生徒さんの実力は先に述べたとおりですから、基本的な計算問題も相当あやふやです。
いわんや応用問題は全く歯が立ちません。
それでも、わたしは試験前にワーク三原則を実践し、初めて(!)数学の副教材ワークを提出させたのでした。
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ところが、その後、数学の先生から、せっかく出したワークを突っ返されたというのです。
その先生いわく、「これではやったことにならない。もっと自分で考えて、それから持ってこい」と。
わたしはそれを聞いて、思わずカーッとなりました。
学校の先生のことは悪く言いたくないのですが、何て血も涙もない冷血動物みたいな人なんだろうと思いました。
そして生徒さんには言いました。
「突っ返されたっていいから、『これが自分の限界です。申し訳ないですが、受け取ってください』と、もう1回その先生のところに行ってきてください。
もしそれでも受け取らないようだったら、君のお母さんを通じて先生に掛け合って、意地でも受け取らせる」
生徒さんは、血相を変えたわたしの表情にビビリまくりで、わたしに言われたとおりにして、何とか先生には受け取ってもらったそうですが.....
当該数学の先生が言うことは正論でしょう。
しかし、その生徒さんがどういう成績だったのか、そして課題の提出状況はどうだったのか、よく分かっていたはずです。
そういう生徒さんが、今回は心を入れ替えて、とにもかくにも提出義務を果たそうとしたわけです。
であれば、黙って受け取っておくというのが、その生徒さんに対するせめてものマナーというものなのではないでしょうか。
マナーというのは、何も生徒だけに要求されるものではありません。
土台、この生徒さんのような人に副教材ワークをやるような課題を出すのは、ようやくハイハイを始めたばかりの子に走れと言っているようなものです。
なお、提出義務を果たさない生徒さんは論外です。
そういう癖が学生時代についてしまうと、後で泣きを見ますので、それだけは心しておいてください。
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