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11月になりました。
季節の変わり目ということで、体調管理には引き続き留意していきます。
さて、8月に携帯電話をスマートフォンにして、最近はわずかではありますが、いろいろと使えるようになっています。
その中でわたしが最も使う機能がネット検索です。
指導をしているとき、実に便利です。百科事典を常備しているようなものですから、より確かな情報を確実に生徒さんの元へ届けることが可能となっています。
この検索は、特に理科・社会で威力を発揮します。
わたしは常々、「理科・社会は図表とともに記憶することが大切」と申しており、このネットの図表が役立っています。
特に、you tubeにアップされている理科の実験の様子は大助かりです。
生徒さんに視覚で示すことができるという利点は非常に大きいです。
こちらが言葉で説明するよりは、ネットにあるものを示しながらやると、生徒さんはより興味を示します。
iPadくらいの画面がほんとうはいいのでしょうが、費用との関連もあり、そこは今後の要検討材料ということで.....(笑)
今日は「文化の日」です。
皇居では文化勲章親授式が執り行われます。
この日は、前年のコラムでも取り上げたとおり、明治天皇ご生誕の日です。
4月29日が「昭和の日」ならば、11月3日も「明治の日」となるべきなのでしょうが、お偉いさんの中にいろんな事情があるのでしょう。
明治天皇に関して、わたしは以前「明治天皇と日露大戦争」という映画をビデオで見たことがあります。
これは日露戦争当時の日本国内の動きを映画にしたもので、昭和32(1957)年に封切られ、観客動員数は2000万人だったとか。
単純計算で国民の5人に1人が見たわけで、すごい数字です。
当時は終戦後12年で、当然ながら国民のほとんどが戦争を体験として持っていますから、明治という栄光ある時代に対する渇望のようなものがあったと想像するに難くありません。
歴史を顧みる意味で、一度ご覧になると、新たな視点を得ることができます。
話はいささか旧聞に属しますが、「3年B組金八先生」というテレビ番組がかつてありました。
この話は武田鉄矢さん演ずる金八先生が国語担当ということになっています。
ある回では、数学の先生と3年B組の生徒たちが、期末試験の出題を巡って一悶着を起こし、金八先生が当該数学の先生(乾先生、愛称カンカン)と生徒たちをとりなそうとしたところ、乾先生から「数学の問題が解けないのは、生徒の国語力もしくは国語の指導に問題があるからだ」と言われ、へこんでしまいます。
これはドラマの上の話ですが、乾先生のセリフは本質を突いています。
数学に限らず、国語力はすべての学問の源です。
ただ金八先生にとって気の毒だと思ったのが、国語力のレベルを学級全体としてある程度上げることはできても、個々の生徒のところまではとても手が回らないだろうということです。
まあ、ドラマの主人公を気の毒に思っても、詮無いことですが(笑)
また国語の先生が国語力向上のためにできることといえば、漢字試験の実施、読書の推進くらいしかなく、劇的に一人の生徒の国語力を向上させるには限界があります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
数学における国語力ということについて考察すると、特に平均点に達しない生徒さんについては、数学力うんぬんより「問題が読み取れない」ということを痛感します。
解決法については思い当たらず、そこがその生徒さんの「能力の限界」です。
以下は、最近、わたしが遭遇した例を記しますが、専門的な話になりますので、数学の知識がある方以外は読み飛ばしてください。
さて、公立中学の中2生は、1次関数の履修をほぼ終えています。
この分野は抽象度が高いので、できる生徒さん、そうでない生徒さんが非常にはっきりしています。
ここを、ある生徒さんに教えていたところ、「変域」という術語の意味が何度やっても覚えられません。
そこで「変」の訓読みを尋ねると、その生徒さんは答えることができませんでした。
「変域」という字を見て、「変」の訓読ができれば、「変域」の意味は、「変わる」と「区域」「地域」の「域(=場所)」ということに関連付けて記憶することが容易です。
しかし「変」の訓読ができなければ、「変域」は「『へんいき』という、単にわけのわからない記号」でしかなく、術語の意味を習得できないのは全くの道理です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
またある生徒さんに、教科書にある、以下のような問題を出してみました。
<問題>グラフが(−2,2)を通り、直線y=x−6とx軸上の点で交わる1次関数を求めよ
分からずにいたようなので、問題文にあったグラフを書くように言ったところ、彼は文意を理解せず、図示できませんでした。
彼の分からなかったところは、「直線y=x−6とx軸上の点で交わる」というところです。
ここが分からなかったためにグラフが描けずにいました。
そこでわたしは自らグラフを書いて、こういう点を通って、と助け舟を出したところ、彼はすんなり解くことができました。
ということは、ここで問題を解くカギとなっているのは、問題文を読み取る彼の国語力であって、1次関数を理解しているかどうかということではない、ということが分かります。
以上は数学力以前に国語力が試された事例です。術語の意味や文意が読み取れなくては文字通り話になりません。
残念ながら、このような場合、劇的に国語力を改善するような手立てはなく、指導の限界を感じています。
過日、ネットを検索していたら、ある家庭教師派遣会社の広告が画面に現れてきました。
見ると、「平均点が取れない子、やる気がない子限定」とあります。
「やる気がない子限定.....」と同業者としては、いろいろと考えるところがありました。
国語的な意味で「やる気がある」の反対語は「やる気がない」となりますが、生徒さんの「やる気」は0か100かの二元論で割り切れるものではありません。
ほんとうの意味で「やる気がない」生徒さんというのは、めったにいるものではなく、ほとんどの生徒さんは何がしかの「やる気」があるものです。
ここで当該生徒さんに「やる気」がほんとうに0ならば、指導が成立しません。
「やる気」が0の生徒さんの指導は、生徒さんにも教える側にも不幸なことです。
家庭教師の指導は義務教育ではありません。
ゆえに、そういう生徒さんは勉強以外のことで持っている力を発揮できればいい、人には得手・不得手があるのだから.....というのがわたしの考えるところです。
わたしにとって、「指導できるか、できないか」の判断基準は、「わたしを受け入れて、わたしの指示に従ってくれる生徒さんかどうか」です。成績の良しあしは関係ありません。
仙台市内の中学校は今の時期、中間試験のピークを迎えています。
特に中3生は内申点がこの試験で最終決定しますから、しっかりと腰を据えて取り組んでいただきたいものです。
さて、いよいよインフルエンザの時期を迎えます。
わたしは先週、職業上のエチケットとして予防接種を済ませました。
見聞するところ、受験生はかなり接種率がいいですが、それ以外となると、半々といった感じです。
受験生を持つご家庭は本人だけでなく、ご家族全員が接種するようお勧めします。
また暖房をつけた室内は空気が乾燥しがちです。
加湿器などで適度な湿度を維持することで、空中に浮遊しているウイルスが重くなって足下へ落ちやすくなり、ウイルス自体の働きを弱める効果があります。
食べ物に関しては、ヨーグルトがお勧めだそうです。
理由は腸内細菌とは異なる乳酸菌が入ってきたことを免疫細胞が認識し、免疫システムが働き始めるからだそうです。
さらに速乾性の消毒液を食卓などにおいて、折々に手の消毒をするとよいと思います。
これは我が家でも実践済みです。
先日ふと思い出したことがあります。
私の高校時代の旧友に、東北大学医学部に進学し、いま医者をやっている男がいます。
彼はしばしば「高校受験までは遺伝で、大学受験は努力」とつぶやくように言っていました。
彼の意味するところは、中学受験・高校受験までは遺伝・本人を取り巻く環境的要因など、孟母三遷の故事にあるような「親の力」を試される機会が多く、大学受験は本人の努力であるということです。
わたしもこれに同意します。
高校受験も本人の努力が必要なことは言うまでもありませんが、上位層(おおむね全体の15%)、中間層(おおむね全体の70%)、下位層(おおむね全体の15%)には極めて大きな壁があります。
このパーセンテージには議論の余地がありましょうが、よっていくら努力しても、能力の壁を突き破ることはかなり難しいです。
また「遺伝的要素」については、生物学的に言って、親は2人、祖父母は4人いるので、どの遺伝子を引き継ぐかは人事の及ばぬところです。
事実、以前に派遣会社での仕事で双子を教えたとき、姉のほうが学年で常に上位10位以内、弟が下位10位以内ということがありました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
結局、姉は宮城一女(現在の宮城一高)、弟のほうが、仙台市内の某私立高校専願で何とか合格できたという経験がありましたが、双子ですら、受け継いでいるものが違います。
大学受験については、これはある一定水準以上にある人たちならば、ほんとうに優秀な一握りの人たちを除けば、みな平等に機会があります。
逆な言い方をすると、ナンバースクールのような高校に入ってホッとしていてはダメで、そこからほんとうの競争が始まるのです。
たとえば、東北大学を挙げると、県内からの合格者はナンバースクールが圧倒的ですが、その他の高校からも合格者が出ています。
わたしが高校1年生のとき、担任の先生は「入試のときの席次と、これから1年後の成績は驚くほど下克上がある」とおっしゃっていました。
実際、入学後、自分に妥協してしまって、その結果、不本意なところに進学することになった級友を何人も見ています。
「高校入試はゴールではなく通過点」とわたしが常々主張する理由はこの点にあります。
来年3月実施予定の公立高校入試における第1回予備調査の結果が発表されました。
詳細については、こちらをご覧ください。
入試の季節がこれから本格化します。
結果を見ると、例年通り、仙台地区の学校は高倍率です。
ただし、宮城一高普通科は定員割れぎりぎり、理数科は定員割れ、仙台二華高は、定員割れとなりました。
中でも仙台二華高は、前年後期出願倍率が1.53→0.90と劇的に人気を落としています。
泉松陵についても、前年後期出願倍率1.69→1.00となっています。
仙台一高・仙台三高は相変わらずの人気です。
河北新報 平成26年11月11日記事より引用
>>>
県教委は10日、2015年度公立高入学志願状況の第1回予備調査結果を発表した。
全日制の志願者は計1万7945人で、募集定員1万4920人に対する平均倍率は前年同期と同じ1.20倍。
今回募集枠の拡大を認めた全日制の前期選抜は平均で1.65倍(前年同期比0.50ポイント減)となり、導入3年目で初めて2倍を下回った。
各校の志願状況は表の通り。
全日制は仙台工建築科の2.50倍が最も高く、古川工土木情報科2.15倍、仙台三普通科2.13倍、宮城工情報技術科2.13倍と続き、工業高の高倍率が目立つ。
全日制の前期選抜は募集枠を20%に据え置いた仙台一の6.17倍が最高。次いで仙台三普通科4.07倍、松島普通科3.25倍となった。
第1回調査時の前期選抜の平均倍率は初年度の13年度が2.37倍、14年度が2.15倍。
今回、60校107学科が募集枠の上限を10〜20ポイント引き上げ、定員は前年度に比べ1230人増えた。
募集定員全体に占める前期選抜の割合は3割強。
県高校教育課は「募集枠拡大が倍率を落ち着かせる結果となった。
将来の目的意識を持ち、志望校を選択する生徒も増えている」と分析した。
新設では上沼、米山、米谷工と登米の商業科を統合する登米総合産業は、県内初の設置となる福祉科が0.95倍。他の5学科も1倍を切ったが、農業、機械、情報技術の3学科は統合前に比べ高くなった。
石巻市女と石巻市女商の統合による石巻市桜坂普通科は、学励探求コースが0.65倍、キャリア探求コースが0.86倍だった。
定時制13校21学科の平均倍率は、前年同期比0.05ポイント増の0.35倍。
県教委は第2回予備調査結果と前期選抜の出願状況を15年1月16日、後期選抜の出願状況を2月24日に発表する。
前期選抜の学力検査は2月3日、後期選抜は3月5日。
学校を卒業し、社会に出て分かることの一つに、「なぜ親は自分の進学についてここまで心血を注いだのか」というのがあります。
生徒さんの多くも学歴の重要性を理解し、「今のうちに勉強しておかないと、将来困ることが出てくる」と考えているようです。
しかしそれは、あくまで頭の中だけの理解であって、在学中は目先のことをこなすのに精いっぱいです。
学校から離れた後にどうなるか、ということは普通考えません。
そこで、わたしは、生徒さんたちに「学歴は生きている間、ずっとついて回り、学校は卒業してからが長いから、今のうち、頭の中に詰め込めるものは徹底的に詰め込んでおくようにしてください」と言っています。
これをお読みの方の多くは、何らかの形で社会経験があるでしょうから、実社会で学歴がどう扱われているかについては、改めて述べるまでもありません。
しかし、学校在学中に実社会で学歴が実際にどういう扱われ方をしているか、ご存じだった方はいらっしゃらなかったはずです。とすれば、今の生徒さんもそれを知りません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
よって、ただ「勉強しろ」と子息に言うだけでは、勉強をやろうとしないし、学歴がどう大事で、実社会ではどう扱われるかの説明なしにはなかなか理解をしてもらえないのは当然の帰結です。
そうした点を踏まえ、わたしはご父兄と生徒さんとの意識の差を埋めるべく努めています。
これまで経てきた体験のごく一部を申すと、その昔、宮仕えをしていたころ、上司・同僚がどういう学校を卒業した人か、ということはほぼ把握していました。
またわたしの出身校のことも、上司・同僚はほとんど知っていました。
さらに出身校が同じということで、営業上もまとまらないはずの話がまとまったり、上司・先輩から目をかけてもらったりということも、してもらっていました。
この種の話を生徒さんは興味を持って聞いてくれます。
また、ご父兄におかれても、「学歴とは実社会でこういうふうに見られている」ということを、ご子息と虚心坦懐に話す機会をお持ちになってはいかがでしょうか?
あまり説教じみてしまうと、生徒さんはかえって反発してしまうので、ご自分の体験を淡々と語るほうがよいでしょう。
わたしから聞くよりは、何倍も効果があるはずです。
過日、平成27年度公立入試の予備登録が発表されました。
これはあくまで「予備登録」ですので、本出願までには間がありますが、だいたいの傾向は把握できます。
これを見ての感想としては、一言で「ほぼ例年通り」です。
仙台二華高は定員割れになりましたが、去年の予備登録1.17→後期出願倍率1.53となりましたから、今年の後期出願倍率は「前回よりやや落ち」ぐらいに落ち着くのではないでしょうか。
宮城一高は仙台二高や仙台一高に予備登録した女子がもう少し流れてきそうな気がします。
通常、「予備登録倍率>後期出願倍率」ですが、中には「予備登録倍率<後期出願倍率」となる学校もあります。
以下は、仙台圏における「予備登録倍率<後期出願倍率」となりそうな学校の予想です。
判断の根拠は、ここ最近、2年連続して「予備登録倍率<後期出願倍率」となっているところを中心に、わたしの勘で選びました。
亘理、宮城農業、仙台二華、仙台向山理数科、仙台東普通科・英語科、宮城工業、仙台三理数科、宮城広瀬、泉英語科、泉松陵、宮城野総合、塩釜ビジネス、松島観光、黒川環境技術、富谷国際・理数
亘理、宮城農業、宮城工業については、どの学科も上がる可能性があります。
学科あたりの募集人数が少ないので、不確定要素が大きく、なかなか読めません。
さて、どのくらい当たりますか(笑)
この歌は昭和50(1975)年に発売されています。
かまやつさんが今年75歳ですから、この歌のモデルとなっているのは、昭和30年代半ばの学生の姿です。
うち、4番の歌詞にはこうあります。
家庭教師の ガラじゃない
金のためだと 言いながら
子供相手に 人の道人生などを 説く男
ああ 夢よ 良き友よ
便りしたため 探してみたけど
暑中見舞いが 返ってきたのは
秋だった
わたしは職業柄、「子供相手に人の道、人生などを説く」ことがしばしばあります。
が、そのたびに「偉そうにしていていいのか」と自問します。
そんなに偉い人間でないというのは、自分が一番よく知っていることだからです。
とはいえ、わたしはご父兄や生徒さんの前では、ものを教える人間として、ふさわしい行動をすべきと考えています。
そして同時に、「道を説く」際は、謙虚でなくてはならないと考えています。
わたしはこの仕事に就く前に、紆余曲折があったわけですが、高校のときは級友から「オマエは予備校の先生、似合ってるな」と何度か言われたことがあるし、就職のときには、代ゼミ講師の内定ももらっていました。
結局、その内定は蹴ってしまったのですが.....
また宮仕えのときには、先輩の女性社員数人から、「菊池君は、ここにいるより、学校の先生とか、なったほうがよかんじゃないの(=つまり、会社勤めの柄じゃない)」といわれたことがあるので、わたしにとって、現在の職業は「柄にあっている」ことになるのでしょう。
bestな選択かどうかは神のみぞ知るところですが、betterな選択ではあったようです。
弊サイトにおける「家庭教師はどう選べばよいか?」において、重要なのはどの主宰者を選ぶかではなく、どういう講師を選ぶかであると述べました。
講師を依頼するにあたっては、正式に指導を開始する前に、どういう講師が担当となるのか、実際に面談し、しっかり選ぶことが肝要です。
しかし講師も人間ですので、完璧な人はいません。
慎重を期した上で、ある程度のところで折り合わないと、講師を務める人はいなくなります。
そこは「過ぎたるは及ばざるがごとし」の格言どおりです。
以前、家庭教師派遣会社で仕事をしていたとき、このようなことがありました。
派遣会社から指示を受け、初回面談を母親と済ませました。
その際、気のせいか、こちらの様子を注意深く見られているような気がしました。
気のせいかと思い、生徒さんの指導を始めました。
その生徒さんの成績は、偏差値で言うと40台前半、100人中70番台後半〜80番台前半くらいで、こちらの指示には従うものの、怒気をはらんだ目をしていました。
表情からしてこの生徒さんの心の中に、長年鬱屈したものが相当たまっているように感じました。
「これは教えるのに相当難儀するなあ」と思いながら、帰路につきました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
するとその翌日、派遣会社から電話がかかってきて、講師交代を告げられました。
「何かわたしの指導に問題がありましたでしょうか?」と尋ねると、会社の担当者は「大変申し上げにくいのですが.....」と前置きし、次のように言いました。
その交代理由というのは、面談時にわたしが膝のところを掻いていたからというものでした。
ちょうど面談日の2〜3日前、やぶ蚊にしこたま刺されてしまい、薬を塗ったものの、腫れと痒みがひきませんでした。
そのようなこともあり、面談時には無意識のうちに掻いていたのでしょう。
しかしわたし自身は、そんなに派手にボリボリとやっていたわけではなかったと思います。
その母親が言うのは、「膝を掻いていて、落ち着きがなさそうだ。そういう人に息子を任せるわけには行かない」というものだったらしいです。
わたしがそれを聞き、「そういうことが断る理由になるんですか.....」というと、会社の担当は「先方がそうおっしゃっているので.....」とのことでした。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
さらに話を聞いていくと、わたしに依頼が来る前に、2人の講師が当該家庭に行っており、いずれも初回面談後一発アウトだったそうです。
最初に行った講師は「何となくピンと来ない」と言われてダメ。
次に行った講師は、母親から初回指導後、「うちの息子、どうでしょうか?」と尋ねられて、「大丈夫ですよ」と答えたのが理由でダメと言われてしまいました。
「大丈夫ですよ」と語った講師がダメとされた理由は「大丈夫ではないから家庭教師を依頼したのに、『大丈夫です』という回答は息子の現状を把握できず、能力がない人」とのこと。
2番目に行かれた講師さんが「大丈夫ですよ」と母親に伝えた理由はよく分かります。
これから学習を始める上で、母親を励ましたかったのでしょう。
また指導をする上で、取りあえず進められそうだ、という意味も含んでいたのかもしれません。
このようにおよそ理由とは言えない理由で「アイツはダメ、コイツも気に入らないからダメ」というのは単なるわがままに過ぎません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
その後、この案件がどうなったかは分かりません。
わたしからすると、仮にわたしが当該母親のお眼鏡にかなって指導を開始しても、トラブルが起こって短期間終了となることは目に見えていますから、「いい経験をしました」でおしまいです。
しかしこれはあくまで家庭教師としての見方であって、当該家庭に置き換えると、家庭教師に「いい経験でした」と思われて済むのか、という点です。
そこの生徒さんは怒気をはらんだ目をしていたと最初のほうに書きましたが、それがすべてを物語っています。
ご父兄からすれば、少しでもよい人物をつけたいと思うのは人情です。
しかし指導を受ける当の生徒さんからすれば、短期間のうちに指導者が3人もコロコロ変わるのはどうでしょうでしょうか。
混乱するだけです。
指導料を出すのはご父兄ですが、指導を受けるのは生徒さんであり、指導をするのは家庭教師です。
ご父兄におかれては、その点を十分に考慮に入れていただきたいと思います。
今週は高校生の定期試験対策に追われました。
現在担当している6名の高校生中、高1生は2人いますが、両名とも数学がかなりの負担になっているようです。
2人は所属学校は違いますが、どちらも入学難易度が同じくらいの「そこそこ進学校」で、そのせいか、進度もだいたい似通っています。
そして同じようなところで悩んでいるようです。
「いづこも同じ秋の夕暮れ」です。高校1年生は今の時期だと、三角比と図形が試験の主たる範囲です。
彼らが最も悩むのは「サイン・コサイン・タンジェントといった三角比はどうしてああいう決め方をするのか」ということです。
それも無理からぬことで、わたしも高校生のころ、とまどった覚えがあります。
その点につき、わたしは自分で考えたり、いろいろ調べたりして乗り越えられましたが、今の生徒さんの場合はネットという百科事典を常備しているわけですから、ちょっと検索してみれば、いくらでもヒントは出てきます。
それをする人と、しない人では、その後の大学入試に大きな違いをもたらします。
わたしは弊サイト「受験数学の素朴な疑問に答える」のページで中学校で扱う数学について書いていますが、高校数学についても、実はかなり以前から原稿を書き溜めています。
が、多忙を極め、さらにそれ以外にも書きたいことが山積みで、アップできておりません。
数学のこの手の原稿は、図や表を作るのに手間取ってしまい、まとまった時間が必要です。
時間を見て、順次、アップしていく予定です。
.....と申し上げましたが、予定は未定です(涙)
今回のニュースは、特に6歳以下の子息を持つご家庭に関係してきます。
文部科学省の指導要領改訂が発表されました。
最も大きな眼目は小学校における英語の扱いです。
小学3年生から、「慣らし運転」のような形で英語が始まり、また小学5年生から国語・算数などと同じような教科の扱いとなります。
中学入試にも英語の試験を検討している学校があり、対策が必要となります。
また高校においては、日本史履修が必須となります。
産経新聞 平成26年11月21日より引用
>>>
下村博文文部科学相は20日、小中高校で学ぶ内容や授業時間数を定めている学習指導要領の全面改定を中教審に諮問する。
英語教育を充実させるため小学校で教科にするほか、高校では日本史を必修化するなど大幅な改定となる。
中教審は2016年度中に改定内容を答申する方針。
新指導要領の全面実施は小学校が20年度、中学校は21年度、高校は22年度以降になる予定だ。
現行指導要領は「ゆとり脱却」で授業時間が大幅に増加。これ以上増やすのは難しく、新指導要領でも年間の時間数は維持される見通し。
充実させる教科や内容が増えるため、既存教科の見直しも課題となりそうだ。
諮問は「何を教えるか」だけでなく「どのように学ぶか」を重視することが必要と強調。
自ら課題を発見し、解決する力を身に付けられるように、学習・指導方法の在り方の検討も求めた。
英語教育は、小中高を通じて身に付けるべき力を具体的な指標の形式で示す。
小5、小6で正式な教科ではない外国語活動として実施している小学校は、開始時期を小3に前倒しし、小5、小6は教科に格上げする。
中学では日本語を使わない英語の授業を基本とし、高校では幅広い話題で討論できるようにするなど充実を図る。
高校では、選択科目となっている日本史の必修化をはじめ、地理歴史の在り方を見直すほか、国民投票の投票権年齢が18歳以上となることを踏まえ、自立して社会で生きる力を育成するための新たな教科の導入を目指す。
義務教育段階の学び直しやキャリア教育も充実させる。
中教審で審議している大学入試改革で「合教科・科目型」「総合型」などを導入し、知識偏重からの脱却と同時に、高度な思考力や表現力を育成するための教科横断的な学習の在り方も検討する。
先週書いた弊コラム「週末のつぶやき」で記した内容につき、その続編とでもいうべきものを以下、書きます。
現在担当している高校1年生の生徒さん2人が、11月初旬に高校入学後、初めて模擬試験(進研模試)を受けました。
生徒さんからは「学校の先生は教科書をやっていれば分かるっていっていたのに、全然ダメでした」とのコメントを聞きました。
国語・英語に関しては、「まあ、確かに教科書をやっていただけでは分からないかもしれないなあ」とは感じましたが、数学に関していうと、一部を除きかなり教科書にある問題でした。
範囲が広いので、面食らってしまったのでしょう。
しかしながら、その生徒さんたちに安心するようにいうわけではありませんが、彼らの級友のかなりの人たちが「全然ダメ」だったはずで、中学とのレベルの違いをイヤというほど体感したことでしょう。
これについては、わたしも高校1年生になったとき、初めて受けた模擬試験の点数に衝撃を受けた口です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
毎年この時期になると感じるのは、高校1年生に立ちふさがる数学の壁です。
泉、宮城野、南高あたりから難易度が高い高校だと、英語・数学において、ほとんどの生徒さんが中学との違いに苦しみます。
特に数学については、二次関数に来ると途端に分からなくなって、サイン・コサイン・タンジェントという具合に三角比に入るころにはすっかり数学と縁遠くなってしまう生徒さんがかなりいます。
ちなみに二高において、1年生の教科書である数学Ⅰは、因数分解や絶対値の計算などは、春休み中に自習を求められ、授業はいきなり二次関数から始まります。
そして6月の1学期中間試験では、自習を求められるところも試験範囲に含まれますので、かなり大変です。
この高校1年生に立ちふさがる数学の壁につき、以前に向山高校の3年生の生徒さんを担当したときのことを書いてみます。
彼女は私立文系を志望ということでしたが、数学が赤点もしくは赤点ギリギリでどうしようもないので、数学を主、英語を従ということで教えたことがありました。
指導を開始して、案の定というべきか、彼女は数学Ⅰの二次関数のところで、時計が止まっている状態でした。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
その際に驚いたのは、彼女の数学の成績です。
数学はビリに近いだろうと思っていましたが、普通科160人中120番台、つまり100人に換算すると、70番台後半といったところでした。
ということは、彼女より数学が取れていない生徒さんが4人に1人くらいの割合でいたということです。
向山高校といえば、入学難易度はけっこう高いですが、その学校にしてそういう状態です。
もちろん、学校ごとに試験の難易度は異なり、順番も1位から最下位まで順位はつきますが、それにしても.....というのが正直な感想でした。
指導においては、数学Ⅰの二次関数の最初のほうから丹念に指導を行いました。
さすがは向山高校の生徒さんだけあって、潜在的な力はしっかりしていました。
わたしも彼女の力を最大限に引き出すように努め、また彼女は彼女で、このままではいけないという強い思いがありました。
そういう努力の甲斐があり、半年ちょっとくらいで、赤点は回避できるようになりました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
彼女のように、数学で悩む高校1年生はたくさんいます。
悩む方にお伝えしたいのは、1回問題を解いて、「はい、分かりませんでした」と簡単に投げ出さないでほしいということです。
それから、指導に当たっていて驚くのが、数学がいくら「公式さえ覚えればどうにでもなるものではない」というものの、基本中の基本である公式もしくはそれに準ずるようなところの知識が実にあやふやな生徒さんたちがかなりいます。
そういう生徒さんに聞くと、「そういう公式は聞いたことがある」「名前は知ってる」などということを、しれっとして口にします。
「名前は知っている」だけでは、実用に足らないのは自明の理です。
またある一定以上の力のある生徒さんなら、教科書ガイドを手元に置き、教科書の問題を繰り返し解いてみてください。
その「投げ出さず、繰り返し解く」というのが、できるか、できないかで、壁を乗り切れるかどうかは決まります。
どうぞ、しっかり乗り切ってください。
今日は11月29日です。
暦の上では立冬となっていますが、現在の感じでは、晩秋から初冬への変わり目といったところでしょうか。
世間では土曜・日曜というとお休みということになっていますが、この稼業は土曜・日曜が書き入れ時です。
わたしもこの両日は朝から晩まで予定が立て込んでいます。
さて、普段は生徒さん宅への移動というと、夕方や夜、しかも市街地が中心です。
一方、土曜・日曜は昼の移動ができて、しかも自然がいっぱいのところを通っていくので、このところ楽しいです。
日曜の移動では、利府の県民の森のあたりから、富谷町の成田、富谷町役場のあたりの紅葉と田園の風景が、えも言えません。
これを書いていたら、この時期を詠んだ「山行」という杜牧の詩を思い出しました。
わたしの好きな詩です。
遠上寒山石径斜(遠く寒山に上れば石径斜めなり)
白雲生処有人家(白雲生ずる処 人家あり)
停車坐愛楓林晩(車をとどめて そぞろに愛す 楓林の晩<くれ>)
霜葉紅於二月花(霜葉は二月の花よりも紅なり)
また、夜の移動では、イルミネーションがそこかしこで見られます。
実は、今の時期、移動の風景としては、最も楽しめる時期なのかもしれません。
すばらしい景色を満喫しつつ、今日も行ってまいります!
成績upのヒント!
教育コラム「雨か嵐か」
〒981-0933
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15:00~20:00
日曜日