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年の初めに詠める
あかあかと 照り映ゆる 陽を 背に受けて
広瀬の川の せせらぐを 聞く
あけましておめでとうございます!
令和8年になりました。
今年も年初に当たり短歌を詠みました。
さて、すでに大学入試は私立だと昨年9月から始まっています。
年内入試については、マスコミ報道がされません。
そのため、本欄をお読みのご父兄も、あまりなじみがないかもしれません。
しかし、早々に決まる受験生は少なくありません。
今期は、東北大医医に合格者がありました。
とはいえ、入試本番はやはりこれからの時期です。
担当している生徒さんは、年明け早々に、中学入試に臨みます。
その後も、共通テスト、私立高校の推薦入試...と続きます。
3月まで気ぜわしい日々です。
ことにも、これからの時期は体調を崩しがちです。
インフルエンザは、昨年秋ごろから、流行しているところがあります。
学級閉鎖になるケースもありました。
そんなこんなで、入試も最終的には体力勝負です。
わたしは、インフルエンザの予防接種を済ませています。
外出から帰ったら、うがい・手洗いも欠かしません。
わたしなりに体調を崩さないように気をつけていきます。
今年も引き続きよろしくお願いいたします!
普段わたしは、生徒さんに目指すべき・目指してほしい目標を示しています。
「ならば菊池よ、オマエが生徒だったころはどうだったんだ?」
生徒さんは、心の中でこのように思っているかもしれません。
そんなわけで、年明け最初のコラムは、わたし自身が現役の中学生だったころのことを書いてみます。
テーマは、テストの点に関してです。
わたしが中学生のころ、テストで目標にしていたのは、
「どの教科でも90点以上・合計450点以上」
ということでした。
これは定期試験・模擬試験、両方ともです。
順位については、特に目標を決めていた記憶がありません。
自分より上位にいる人がいれば、
「こいつら、何でオレより点がいいんだ?」
と思っていました。
ですから、
「90点以上取るにはどうしたらいいか」
ということをいつも考えて普段の学習に臨んでいました。
これは誰かからこうせよと言われたとか、そういうものではありません。
自分でも記憶にありませんが、自然とそう考えるようになっていました。
いま、生徒さんの学習指導に当たっていると、
「目標を持ってこうして行こう、ああして行こう」
と考えて学習することは大事だったのだなあと感じています。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「どの教科でも90点以上・合計450点以上」
これは定期試験の場合だと、そこまで困難さは感じませんでした。
難しかったのは、模擬試験です。
今の生徒さんは、公立の中学で模擬試験が行われることがありません。
みやぎ模試・ぜんけん模試などを、塾などで受けています。
模試が中学からなくなったのは、1990年代以降です。
当時の鳩山文部大臣が公立中学から模試を追放してしまったからです。
それ以前は、日曜などに学校で模擬試験が行われていました。
当時、土曜日の午前中は、普通に授業があります。
ですから、模試のあるときは、日曜も休みなく学校に行っていました。
そして、当時の模試では成績優秀者が点数・順位・氏名・中学ともに公表されていました。
この成績優秀者リストを見たとき、
「こんなに点の取れるヤツがいるのか...」
と驚きました。
この優秀者が雲の上の人みたいに見えていました。
これが中1の12月ごろだったと記憶しています。
その後、中2の後半くらいになって、自分の立てた目標に到達できるようになっていました。
毎回ではなかったですが。
リストの一角に自分の名前が載り、学習の励みになっていました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
中2辺りから、勉強は模試で点を取ることが目標になっていました。
事実、「模試で点を取るにはどうしたらいいか」ということばかり考えていました。
中学生あたりだと、定期試験のほうに燃えそうなものです。
しかし、定期試験のほうは、
「主要5教科でどの教科も90点以上取れればいいや」
という考えでした。
ですから、体育・技術家庭といった副教科は、鬱陶しくて仕方がなかったのです。
今、期末試験で行われる教科は、副教科を含めて7教科という中学校が多いです。
音楽・美術の試験がありません。
わたしが中学生のころは、9教科のテストが行われていました。
今にしてみれば、内申評定のことをもっと考えたほうがよかったと思います。
が、当時のわたしは、
「主要5教科さえ取ってりゃあいいんだろう。
音楽や美術なんて、受験に関係ないし、邪魔!」
という考えでした。
この点については、今となっては反省しきりです。
ですから、わたしは受験指導をするようになって、
「副教科は決して『受験の邪魔』になるようなことはない。
受験にも生きてくるものだ。
中学で勉強することは、人生いつどこで使うか分からない」
と、生徒さんにはいつも語り掛けています。
まあ、ざっとこんな感じです。
こないだの指導のとき、高校の中退者のことが話題に出ました。
「出ました」というより、指導の成り行きで、わたしが「話題にした」というのが真相ですが。
そのとき、生徒さんにこう尋ねました。
・・・高校って、義務教育じゃないんです。
本人が辞めようと思ったら、いつでも辞められます。
ここで、質問です。
仙台一高とか、お勉強の得意な人たちがいく高校があります。
それから、勉強が得意でない、好きじゃないっていう人たちが行く高校があります。
一高は、勉強、かなり厳しいです。
反対に、勉強が得意でない人たちが行く高校は、勉強、かなり緩いです。
中学より英語なんかは易しかったりします。
で、どっちの高校が中退する人、多いと思いますか?
生徒さんの答えは、
「仙台一高とか、お勉強の得意な人たちがいく高校」
というものでした。
本欄をお読みのご父兄は、だいたい想像がつくと思います。
正解は、
「勉強が得意でない人たちが行く高校」
です。
それは、こちらのYouTube動画でご確認ください。
(前回の続きです)
私立高校の場合、公立高校の中退者とは違う事情があります。
それは、私立高校のコース制です。
例えば、ウルスラなら、type1・type2・尚志の3コースあります。
これらのコースは、入試難易度がかなり違います。
ウルスラでいえば、高校の中に高校が3つある感じです。
ですから、中退率もコースごとに違いがあると思われます。
これが育英のようなところなら、特進の東大選抜クラスと、フレックスコースでは、中退率もまるっきり違う数字が出てくるでしょう。
ただ、私立・公立とも、「勉強が緩い高校ほど、中退率が高くなる」という傾向はあるようです。
考えてみると、勉強の厳しい高校のほうが、中退率は高くなりそうなものです。
しかし、実際は違います。
なぜなのか。
つまるところ、「学習に対する興味・関心の度合い」です。
いくら「お勉強は緩い・厳しくない」といっても、学習に興味・関心がなければ、やる気も起きないのは道理です。
高校は義務教育ではありません。
それゆえ、授業に興味・関心を持てなければ、辞める確率は高くなるでしょう。
事実、定時制高校では、入学して卒業できる生徒が半数以下だそうです。
それも、今まで述べた事情を考えると、さもありなんと思います。
先般、英語の指導のとき、高校入試問題を解きながら、生徒さんとこういうやり取りをしました。
発音問題についてです。
以下で述べる発音記号というのは、[ æ ]とか[ ʌ ]といった記号のことです。
菊池:
この英語の発音問題、公立高校では出題されてません。
私立高校では出題されるところがありますよ。
高校以降だと、以前に比べて出題される機会は少なくなっているかもしれません。
生徒さん:
でも、自分は、発音記号、分かります。
小学校の頃に通っていた英会話教室で、先生がこの発音記号で説明してくれてました。
菊池:
え?
そうなんですか?
珍しいですね!
生徒さん:
自分はそのとき、よく分からなくて、今もあまり分かんないんですが...
菊池:
あ、それはすばらしい先生です。
小学生のうちから、発音記号を使って、発音指導をしている先生って、珍しいと思います。
その先生の、英語に対する見識の高さ、英語に対する良心のようなものを感じますね。
今の生徒さんたちは、英語の試験で、リスニングの問題が必ずといっていいほど出題されます。
それは入試・模試・定期試験を問わずです。
反面、昔のテストで出ていた発音問題は、相対的に比重が随分と小さくなってしまいました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
高校入試に関して、英語の発音問題は、宮城県の公立高校入試では出題されていません。
私立高校では、出すところがあります。
大学入試ですと、発音問題は、センター試験に出ていました。
今の共通テストでは出題なしです。
私立大学では、出される大学があります。
今の時代は、教科書などに載っているQRコードで、単語の正しい発音はいくらでも検索できます。
しかし、いくらネイティブの発音を聞いても、耳からだけの情報は不安定です。
というのも、日本人は日常生活の中で、
but(しかし)・ bat(野球のバット・こうもり)
を区別する習慣がないからです。
そういう意味からも、発音記号を目で見たうえで、正確な発音に留意したほうが望ましいです。
さらにそうすることで、単語の綴りも間違いづらくなります。
また、この発音記号に加えて、英単語のアクセントにも気を付ける必要があります。
このアクセントの問題も、発音問題と同様です。
英語を話すときには、アクセントを間違うと、聞き手のほうから聞き返されたり、話の通じないことがあります。
ですから、「受験英語」という面からだけでなく、会話のときにも、発音問題は大切だと考える次第です。
生徒さんを指導しているとき、わたしはときどき昔の先生を思い出すことがあります。
・・・こういう場面で、あの先生はコレコレこういうことを仰っていたっけなあ~
・・・あのとき、あの先生は、こういうことを仰っていて、中学生の頃はそう思わなかった。
でも、今になって考えてみると、やっぱりそのとおりだよなあ~
そして、そのときに昔の先生が仰ったことを、さもわたしのオリジナルのように語ったりすることもあります。
あるいは、
「その昔、自分はこのときに先生からは、こういう指導を受けた」
「こういうとき、自分は高校の先生は、こういうことを仰っていた」
ということもあります。
ここから分かるのは、今になってみると、昔の先生が仰っていたことがどれほど貴重だったか、ということです。
この点については、ほかにも思い当たることがあります。
今は成人になってしまった娘がまだ小さいころ、娘に接していて
「そういえば、こういうとき、うちの親はこういう風にしたんだよなあ」
「あの時は気にも留めなかったけど、こうしてもらったのは、ありがたかったなあ」
などと、感じることがありました。
生徒さんを指導して、昔の先生のことを思い出すというのも、子育て中に親のことを思い出すのと状況は似ています。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
翻って、わたしの場合、生徒さんによく言うことは、こういうフレーズです。
「今のこの時期、頭には詰め込むだけ詰め込んでください」
「詰め込んだことを捨てるのは、あの世に行ってからゆっくりでいい」
「受験学習は社会に出てからその価値が分かる」
「学生のうちは、受験学習の価値は分かりません」
社会に出ると、仕事で思いがけない分野の勉強をする必要が出てきたりします。
そのときに、受験学習の土台があれば、そういう土台のない人に比べて、効率的に学習できます。
また今の世の中は、携帯電話・ネットの分野で、生活が変わって行ったり、便利になっています。
80歳を超えるわたしの両親も、LINEやYouTube動画を利用しています。
30年前には考えられないことでした。
生活が便利になるということは、犯罪者にとっても仕事がやりやすくなっているということです。
そのため、年齢が上がっていっても、世の中の動きには、敏感にならなければなりません。
そうしたとき、若いころに受験学習でいろんなことを詰め込んだ人と、そうでない人とで、どちらがより社会に適応する力があるのか...
昔の先生のことを思い出しながら、こんなことを書いてみました。
今日のコラムは、ちょっとした昔話を...
今、公立高校は県内どこからでも、受験ができます。
このように書くと、
「中学と違って、高校は義務教育じゃないんだから、誰がどこを受けようが構わないのでは?」
こういう反応が返ってくるかもしれません。
しかし、こうなったのは、それほど新しい話ではありません。
2010年以来です。
ですから、16年前からということになります。
では、それ以前は?????
出身の中学によって、受験できる公立高校に制限があったのです。
なぜなのか。
理由は「激化した受験競争の緩和」のためです。
今をさかのぼること60年近く前、1960年代あたりから、高校進学者が増えてきました。
そのころは、今と違って、少子化という言葉とは無縁の時代でした。
仙台圏では、「仙台北学区」「仙台南学区」の2つが学区としてありました。
それが1977年から2009年まで、実に32年間続いたのです。
わたしが中学生のときには、この「学区制」がありました。
そのようなわけで、多賀城の中学に通っていたわたしは、一高や南高、向山のような高校の受験はできませんでした。
さらに当時は、公立高校も男子校・女子校のような別学の高校が随分とありました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
実のところ、公立高校の受験に関しては、今も学区のある県があります。
愛知、兵庫、福岡県などがそうです。
東京・大阪は廃止されています。
隣県ですと、岩手・山形・福島には学区があります。
学区がなくなるというのはどういうことなのか。
これは、学区がないと、優秀な生徒が仙台に集中しがちになるということです。
そして少子化の時代、県内の地方都市にある高校が寂れる一因になります。
これの一例が石巻高校です。
この高校は、旧制中学時代からある名門です。
毎年、東北大合格者も5~6名くらい出ています。
ところが、入試に関しては、定員割れの状態がずっと続いています。
昨年度は、240名の定員に対して、志願者が181名、倍率0.75倍です。
石巻高校クラスの高校が定員割れになってしまうというのは、仙台近辺では考えづらいことです。
他方、私立高校には、こうした「学区制」というものがありません。
ただ、私立高校は仙台近辺に集中しています。
それゆえ、
「公立受験残念でした→仙台の私立高校へ」
という受験生はこれまで多くいました。
学区制ひとつとっても、受験ということを考えると、随分と大きな意味があります。
過日、一高・二高の遠距離通学者について、こちらで取り上げました。
今回は、このコラムへの補足編というべきものです。
<関連コラム>
わたしが高校生だったころに比べて、遠くから通ってきている生徒さんが、一高・二高で増えている...
この<関連コラム>では、そういう話をしました。
個人的には、こうした遠距離通学者に大いなるシンパシーを感じています。
わたしも多賀城から通った者として、その当時は「遠距離通学者」ではあったからです。
しかし、これを別な視点から見るとどうなるか...
宮城県内の地方都市、石巻・大崎・白石等から見ると、
「優秀な生徒が仙台に取られてしまっている!!!」
そういうことになります。
地方都市は、どこでも少子化が年々進んでいます。
そして、その少子化が原因で、住民の数もジリジリと減っていっています。
仙台においてすら、人口が減っていっている世の中です。
そうした中で、石巻・古川・白石・佐沼といった高校から、仙台を見ると、いろいろと感じるところがあるのではないでしょうか。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
県内の地方都市での高校の水準は、学区制で守られていた側面がありました。
学区制というのは、在籍している中学の住所によって、受けることができる高校に制限をかけるというものです。
これは、その昔、公立高校の受験にありました。
例えば、石巻に住んでいる中学生は、公立高校を受けるとき、石巻近辺の高校しか受験できないという制度です。
今、宮城県でそのようなシバリはありません。
が、全国的には、そういう学区制のある県が少なからずあります。
そもそもの話として、優秀な生徒さんは、レベルの高いところに行きたがる傾向があります。
ですから、仙台あたりに「進学校」と呼ばれるところが集中しているため、地方都市から優秀な生徒さんが来ます。
逆に学習が苦手である生徒さんほど、自宅からの通学がしやすい高校を選ぶ傾向にあります。
考えてみれば、何かハッキリした動機・きっかけがなければ、地方都市から仙台へ毎日通学しようとは思いません。
石巻高校あたりはそうした状況で、相当に煽りを受けています。
定員割れが常態化しているのです。
今後、こうした流れは、大きくなることがあっても、小さくなることはないだろうと、わたしは考えています。
ある人と初めて会った、言葉を交わした、見かけた...
こういう時の印象というのは、その後にその人とかかわりを持つようになった場合、大きな意味を持ちます。
それはわたしの受験指導も同じです。
指導には、「初回指導」というのがあります。
これは、ご父兄・生徒さんと初めて会って、面談するときです。
そのときの印象というのを、わたしは非常に重視しています。
そこで感じた印象で、生徒さんの8割くらいのことは分かります。
例えば、
・・・この生徒さんは、学力的に難があるけれど、真面目でコツコツタイプだから、志望校に入れるだろう
・・・この生徒さんは、志望校は○○って言ってるけれど、姿勢がかなり甘いなあ
・・・この生徒さんは、ハッキリした志望校はないようだが、たぶんこのランク以上のところには行くだろう
こんな感じです。
ここで分かるのは、あくまで「8割くらい」です。
その後に指導をしていくと、
「この生徒さんって、こういう側面もあるのね」
「この生徒さんは、思っていたより、意外と○○なところがあったりするんだ!」
と思うことも確かにあります。
しかし、この初回指導に抱いた印象からはほぼ外れることはありません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
そもそも、受験学習というのは、頭脳になにがしかの負荷をかけることが必要です。
精神的・肉体的にもストレスがかかります。
そのあたりは、社会に出て仕事をするのと同じです。
それは、程度の差こそあれ、小1生も高3生も、学習に向かうときにはそうです。
これをやるためには、自分自身を変えていかなくてはなりません。
そうした意味で、受験学習は一種の人間改造が必要だといえるかもしれません。
しかし、「人間はそう変われないし、変わらない」ものです。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものです。
だからこそ、初回指導で生徒さんの受けた印象が、ほぼ指導終了まで続くことがかなり多いのでしょう。
ですから、初回指導で
「この生徒さんは、姿勢がかなり甘いなあ」
「この生徒さんは、やる気がイマイチ」
と感じた生徒さんは、心配になります。
結論だけを言うと、こういう生徒さんは、その後の結果が予想通りになることが多いです。
ただ、「多い」とは申せ、「全員がそうなるわけではない」ということです。
ですから、わたしとしては、そこに望みを託して
「こういう生徒さんには、いい意味で裏切ってほしい」
と思うわけです。
数学の途中式を生徒さんが書かない...
こういう悩みの声は、数学を教える側から延々と出てきます。
ネット上でも、そうした声はかなりあります。
それから、ネット界隈では、中学受験をしている家庭のご父兄からもそういう声が寄せられます。
その声は、「怨嗟の声」といっても差し支えがないほど。
そもそも、なぜ数学の指導者は、
「生徒が途中式を書かない!!!」
と嘆きまくるのか。
それは、
「計算間違いをして点を落とすから」
です。
どんなに考え方が当たっていたとしても、どこかで計算ミスをすると...
そこに至るまでの労力はパーになってしまいます。
こうした場合、途中式を書いていたら、こうした間違いは防げた確率が高くなります。
そこで、本題に戻ります。
なぜ、生徒さんたちは、途中式を書こうとしないのか。
いろんな要因があります。
ただ、ワンフレーズで言い表そうとすると、ここに集約されます。
「正解しようと思っていないから」
理由としては、
・式を書くのが面倒くさい
・数学のテストに関心がない
・式をどう書けばいいか分からない
なども考えられます。
が、つまるところ、
「正解しようと思っていないから」
この点に尽きます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回のコラムでは、生徒さんが数学の途中式を書かずに誤答を繰り返す理由として、
「つまるところ、正解しようと思っていないから」
と述べました。
これを別の形で言い換えると、以下のようなことです。
数学の途中式を書かずにテストでバツをもらう生徒さんも、
「どうしても今、コーラが飲みたい」
となれば、真夜中だろうが、早朝だろうが、コンビニエンスストアに行くわけです。
そういう時間に、コンビニエンスストアへ行くのは、相当に面倒くさいにもかかわらず、です。
そして、
「どうしても、○○のカードが欲しい」
となれば、誰よりも早く起きて、順番待ちの列に加わったりします。
わたしから見ると、真夜中にコンビニエンスストアに行ったり、順番待ちの行列に加わるのは、数学の途中式を書くより、かなり手間です。
だから、そういう彼らが、
「数学でどうしても計算を間違わないようにしたい」
と思えば、自分なりに工夫なり、何がしかの行動をしたりするはずなのです。
彼らにとって、数学の問題で正解することは、「真夜中のコーラ」「○○のカード」以上の価値を持っていないわけです。
たぶん、このことは、世の生徒さんの多くに当てはまりそうです。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
この件については、自分の体験があります。
わたしが中1のとき、1学期期末試験の数学は88点でした。
なぜこれを覚えているのか...
試験問題が、全問計算50問だったからです。
1問2点で50問。
そこでわたしは、6問間違えてしまったというわけです。
わたしとしては、90点以上をどうしても取りたかったのです。
が、結果は正解が1問足りず。
自分ではそれまで、どう言う計算をやってきたのか、意識をしたことがありませんでした。
しかし、答案が返ってきて、
「何でこんなところで間違ったんだろうか?
こういうちょっとしたところで間違わないように、きちんと書かなくちゃいけないんだなあ」
と、思った記憶は今も鮮明に残っています。
間違ったところを見ていると、プラスとマイナスを取り違えていたり、最後の仕上げの部分での失点がいくつかあります。
以後、計算には随分と慎重になりました。
考え方が合っていても、計算間違いで点がもらえないのは、かなりイライラします。
「特に易しいと思われるところ、マイナスの符号の見落としが計算問題では大切になってくる」
ということは、自分が実感というか、痛感した点です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「数学の途中式を書かずに計算間違いをするのは、つまるところ、正解しようと思っていないから」
前回のコラムまででわたしはこのように述べてきました。
わたしとしては、彼らがそのような考えなのを悪いとは考えていません。
まあ、そういうものなのだろうなあと感じています。
何というか、諦めの境地に近いものがあります。
数学の指導に当たる立場としては、困っていますが。
これは逆の立場から見ると、
「数学でどうしても計算を間違わないようにしたい」
と考える生徒さんというのは、かなり少数派であるということです。
そして、
「つまるところ、正解しようと思っていないから」
という生徒さんは、学習苦手層にばかりいるわけではありません。
全体から見ると、意外と上位のほうにいたりします。
しかし、そういう生徒さんは、学年が進むにつれ、段々と数学で成績を下げていくことになります。
中学校の後半から高校に入学する辺りになると、そういう生徒さんは数学で高得点を取ることができなくなってしまいます。
ことにも高校数学は、それほど甘くはない、ということです。
この点、生徒さんを教えているとき、痛感していることです。
先日、二華中・青陵中入試の合格発表がありました。
合格した受験生の皆さん、おめでとうございます!
合格した受験生のご父兄の皆様、おめでとうございます!
また、合格できなかった受験生の皆さん、よく頑張りました。
さて、このたびのコラムは、合格できなかった受験生の皆さん、ご父兄へのメッセージです。
合格に達しなかった生徒さんが今後に進む場所は、さまざまです。
東北学院・ウルスラといった私立中、校区にある公立中学校などなど。
今回のコラムでスポットを当てたいのが、公立中学に進学する生徒さんです。
こうした生徒さんは、3年後、高校入試に挑戦することになります。
その際、二華・青陵の受験をした生徒さんが、ナンバースクールに進学するケースが少なくありません。
わたしが担当した生徒さんの場合、中学受験を経験して、ナンバースクールに合格した生徒さんは、直近5年で全合格者の半分です。
ナンバースクール合格者が、二華・青陵などの中学受験をどの程度経験しているのか、定かではありません。
ただ、受験した人数から推測すると、20%から25%の間という感じです。
<根拠>
◎ナンバースクール定員
1,375人
(二華高は135人として計算)
◎今期の二華・青陵の不合格者374人名
うち、270~300名程度がナンバースクール受験すると推定
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「ナンバースクール全体として、中学受験の経験者が20%~25%と推定される」
前回のコラムには、そのように書きました。
この数字を多いと見るか、少ないと見るか。
想像するに、入試難易度が高くなっていけば、それだけ経験者も多いのではないでしょうか。
前回のコラムで示したように、ここ5年間、わたしの担当したナンバースクール合格者は、半分が中学受験経験者です。
わたしの担当した生徒さんは、ナンバースクール合格者の中でも、一高・二高が多いです。
そのため、こういう数字になっているのではないかと想像しています。
中学受験を経験している場合、まずは「受験経験者」ということになります。
そのため、そういう生徒さんは、受験未経験の生徒さんより、「一日の長」のようなものを感じる機会は多いです。
事実、彼らは、学習方法・テストのときにどう対応したらいいか、ということなど、概略を心得ています。
それを別な視点で見ると、中学受験を経ずにナンバースクールへ挑戦するというのは、中学受験経験者に比べて「後発組」になるということです。
もっとも、その生徒さんに実力があれば、中学受験経験者を十分に追い越しうるわけですが。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
ご父兄が中高校生だったときに比べて、今の受験産業は、相当にノウハウを蓄積しています。
こないだ行われた大学受験の共通テストは、塾なしで高得点は極めて困難です。
ですから、塾などに通っている場合と、そうでない場合とでは、特に難関どころの受験となれば、かなり違いが出てきます。
ですから、ナンバースクールともなれば、塾なし受験は、ほぼ考えられなくなっています。
そして、二華・青陵中の受験を経験した生徒さんたちは、小学校の段階で、中学でやることを学んでいます。
言葉を変えて言うと、二華・青陵クラスの中学受験では、「中学の先取り」が求められています。
そういう生徒さんが、校区の中学に通えば、中1の段階で、大きなアドバンテージを得ます。
ことにも宮城県の場合、ナンバースクールなどの公立高校は、内申評定の関係で、
「中1のころから成績優秀である」
ことが求められます。
そして、そのような下地のある中学受験経験者は、有利です。
それは、わたしが彼らを指導しても実感することが多いです。
そういう現状を考えると、
「先んずれば人を制す」
というフレーズが至言であること、よく分かるような気がします。
過日、高校受験の評定に関して、次のようなコラムを書きました。
<関連コラム>
副教科の内申点と高校受験 ~副教科の内申って必要?~ その1
副教科の内申点と高校受験 ~副教科の内申って必要?~ その2
副教科の内申点と高校受験 ~副教科の内申って必要?~ その3
今回のコラムでは、これらの<関連コラム>を書きながら、わたしの頭に思い浮かんだことを記します。
さて、わたしが担当した中で、平均評定4.8の生徒さん、4.3の生徒さんがいました。
どちらもナンバースクール狙いでした。
この二人の生徒さん両方を担当したとき、学習に対する姿勢の違いというものを感じることがありました。
その違いというのは、「音楽・美術といった副教科に対する姿勢」です。
具体的にいうと、
「副教科に対しての取り組み方が、主要5教科に比べると、少し雑なところがある」
ということです。
ただ、
「雑なところがある」
といっても、平均的な中学生に比べれば、取り組み姿勢はかなりきちんとしています。
これは、彼らの名誉のために言っておきます。
「少し雑なところ」とは、あくまでナンバースクールを狙うような上位層の中で、という話です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
基本的にナンバースクールに合格する受験生は、「何でもできる」生徒さんです。
「何でも」というのは、勉強・運動能力・芸術等、分野を問わずに能力が高いという意味です。
一高には「なんでも一高」というフレーズがあります。
これは、二高の「文武一道」というフレーズに近いものがあるようです。
例えば、ドラえもんに登場する「出木杉君」のようなイメージです。
そして、高校入学後には、そういう生徒さん同士で、学習面での競争があります。
その競争で、
「この生徒さんは高校に行っても大丈夫」
「この生徒さんは、高校に行ったら、低空飛行になる可能性があるなあ」
など、わたしなりに感じるところがあります。
わたしの見るところ、高内申の生徒さんに対して、
「この生徒さんは、高校に行ったら、低空飛行になる可能性があるなあ」
と思ったことはありません。
逆に、ナンバースクール合格者の中では、若干低めの評定の生徒さんに、そうしたことを感じることがあります。
そして、男子と女子とでは、男子生徒のほうに、そう感じることがあるように思います。
平均評定4.8と4.3の生徒さんでは、このような違いがある傾向にあるのでしょう。
これは、以前、二高の先生が仰っていたことと符合する部分があります。
中学受験には、算数に小難しい文章題が出てきます。
二華・青陵中などの中学受験をし、合格した生徒さんは、ガッチリやってきています。
こうした問題は、中学校の数学で「方程式の応用問題」として教科書に出てくる分野です。
これは例えば、こういう問題です。
<問題>
A君の家から学校までは、B君の家から学校までより200m遠い。
2人が同時にそれぞれの家を出て学校へ行くとB君が1分早く着く。
A君の速さが毎分80m、B君の速さが毎分70mとする。
A君の家から学校までの道のりを求めよ。
これは中学の定期試験・高校受験の問題として出題されます。
中学生は、方程式を使って解きます。
一方、二華・青陵中を目指す小学生は、方程式を使わずにこの問題を解きます。
彼らは優秀です。
そんな彼らも、中学に進むと、数学の単元として、この種の問題を扱います。
今度は、方程式を使って、この問題を解くようになります。
そんなとき、彼らはこういうことに気づきます。
「あれ?
これって、方程式を使って解いたほうが易しいなあ。
じゃあ、中学受験のときに、なんでこの方法を教えてくれなかったんだろう?
中学受験でやってたことって、何だったんだろう?」
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「算数の文章題を、小学校では方程式なしで解き、中学に入ったら方程式で解く」
これは、一見するとムダに思えるかもしれません。
しかし、わたしが算数・数学の指導をしていて感じるのは、
「方程式なしで文章問題を解く経験はムダではない」
「ムダどころかあったほうがいい」
というものです。
わたしには中学受験の経験がありません。
ですから、中学受験の文章題は、方程式で解くやり方に慣れきってしまっています。
しかも、そのほうがずっと解きやすいですし。
方程式を使わずに解く方法というのは、受験指導で彼らのような中学受験生を教えることになってから身につけたものです。
そうした経験から感じたのは、
「方程式を使わずに文章題を解くと、算数・数学の本質的な深い部分に触れることができる」
ということでした。
これはその後の数学に大いに役に立ちます。
難関といわれる大学に、中高一貫生が多く合格しているのも、こうした経験が助けになっている側面があるように感じます。
ですから、二華・青陵中などに進学する予定の生徒さんは、
「とてもいい経験をしたんだな」
と思ってほしいのです。
こうした経験をすると、あとできっといいことがありますよ。
昨日、私立高校の一般入試A日程が終わりました。
テレビのローカルニュースでご覧になった方もいらっしゃるかと思います。
こういうニュースを見ると、
「もう高校入試の季節なんだなあ」
とお感じになる方も多いことでしょう。
しかし...です。
実は、高校入試、もうすでに始まっています。
4月からの進学先が決まった生徒さんも多いです。
そんな感じで、しばらく前、指導先のご父兄とこういうやり取りがありました。
菊池:
今は、公立高校を受けない生徒さんが結構いるんですよ。
少子化や私立の無償化などで、私立へ通うハードルが低くなってます。
1月半ばころには、彼ら、進路が決まります。
学校にもよりますが、内申評定が学校で決めた数字をクリアしてると、面接・作文で合格です。
ご父兄:
今はそうなってるんですね!
昔は、1月終わりころに私立高校の入試でしたよね。
推薦入試っていうのも、あんまり聞いた記憶がないですね
1月14日、私立高校の推薦入試が県内の高校で行われています。
だいたい、仙台圏でいうと、30%程度の生徒さんは、「入試終了!」です。
この推薦入試は、マスコミ報道されません。
「ある日、あるとき、ステルス的に決まる」という感じです。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
なぜ中3生の進路決定が早くなっているのか。
それは、少子化と高校の無償化に関係があります。
私立高校としては、できるだけ早く生徒を確保したいわけです。
そして、お上の政策で、
「私立高校=授業料が高い」
というイメージが崩れつつあります。
宮城県の場合、公立志向が強いです。
そのため、公立高校受験で残念な結果になったという受験生が私立高校に行くという流れがあります。
ところが、学習苦手層を中心に、
「公立に学力が届かない感じなら、最初から私立に行く。
授業料も大きく変わらないようだし...」
と考えるご父兄が多くなってきたのです。
特にそれは、コロナ以降、2020年あたりからの傾向です。
その結果として、「私立高校の推薦入試」で進路が決まる受験生が多くなりました。
私立高校の推薦入試は、一定の内申評定があれば、面接・作文などで合格が決まります。
その推薦入試は、毎年、1月半ばに行われます。
そこに出願すれば、年明け早々に高校入学が内定します。
公立高校の入試を経た場合、進路の決まるのは、3月半ばです。
「1月半ばと3月半ば、どっちがいい?」で、「1月半ば」を選ぶケースが多くなりました。
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