中1理科は難しい! 計算問題をどう克服するか その1 2018/02/01

多くの中学校では、もうじき学年末試験を迎えます。

中1生は、入学以来、2〜3回の定期試験を経てきました。

多くの生徒さんは、試験をやるたびに点数が下がってしまっているはずです。

「こんなはずじゃなかった」「小学校のころのテストはできていたのに」とお感じのご父兄も多いことでしょう。

点数の下がり具合の最も激しいのが、英語、次に数学というのが定番です。

そのようなわけで、塾や家庭教師の指導では、英語・数学がメインとなります。

その中であまり語られないことに、「中1理科の難しさ」があります。

理科は分野ごとに比較的なじみやすいところ、定着が難しいところが分かれます。

特に今回の試験では、定着が難しい計算問題を主とする分野がメインとなります。

この分野は、苦手と感じる生徒さんが多いところです。

平均付近から「中の上」くらいの生徒さんであっても、試験が終わってしばらくすると、ボコッと抜けてしまいがちです。

事実、2年生辺りで実施する実力試験・模擬試験でこの分野を出題されると、メタメタという人は多いです。

平均点の取れない人は、申すに及ばずです。

では、どうしてそうなってしまうのかと言うと、これは小学校で習う算数が原因です。

理科の計算問題は、単に計算をするだけではありません。

計算だけなら、多くの生徒さんは何とかなります。

しかし、小学校で行う速度、比例、%といった分野の基本が疎かになってしまっているために、太刀打ちできないのです。

次回に続きます)

 

 

中1理科は難しい! 計算問題をどう克服するか その2 2018/02/02

前回の続きです)

以上のような理由により、小学校の算数の基礎ができていなければ、今回の理科の試験ではきちんと解答できません。

よって、今回、中1で問われる理科の計算問題は、理科ではなく、小学校の算数の試験です。

計算問題ができない生徒さんに理由を尋ねると、「公式が覚えられない」と、彼らの多くは返答します。

確かに、公式自体を覚えていない人はほんとうに多いです。

覚えようと努力しない人は論外ですが、それなりに努力をしている人でも、抜けていきます。

理由はどこにあるのかと考えると、小学校の算数の基礎がしっかりしていないために、「公式を感覚でとらえる」ことができないからです。

「公式を感覚でとらえる」というのは、目に見えない、手で触れることができないものを、目に見えるような、手で触れることができるように理解できるという感覚です。

逆に言えば、小学校の算数の基礎がきちんとできている人は、この分野で確実に点数を取ることができます。

また、中学で習う理科の「公式」は、数え方にもよりますが、純粋に「公式」と呼べるのは、3年間の理科でせいぜい5つくらいです。

ですから、思いのほか、記憶する事項が少ないのです。

小学校の算数の基礎ができている生徒さんであれば、むしろ得点がしやすい分野です。

なかなか公式が覚えられないという人は、問題演習をできる限り積み重ねていってください。

「公式を覚えて、あとは数だけ当てはめれば大丈夫」と考えていると、後で泣きを見ます。

要注意です。

 

 

 

評定の付け方 4か3か 〜先生方はこう考えています〜 その1 2018/02/03

内申点のことを考えていたら、ふと、あることを思い出しました。

「あること」とは、昨年末、高校の同級生が集った忘年会での会話のことです。

同級生たちは、ほとんどがナントカ部長とか、ナントカ課長とか、肩書は様々ですが、管理職についています。

席上、勤務評定のことが話題になりました。

そこで、ある人がこんなことを言っていました。

 

〜勤務評定は、学校の成績で例えると、1は基本的に付けない。

欠勤が長く続いたとか、特別な事情以外に、1はない。

5と2がつく人は、はっきり分かる。

これには迷いがない。

しかし、困るのは、4と3でどちらをつけるか悩む人が出てくる。

管理職と言っても、実は全員を完全に把握しているわけではない。

「この人ってどういう仕事をしてたの?」と、周囲に相談することもある。

いい成績は付けてあげたい。

でも、あまりにいい成績ばかりだと、上から「オマエは何を見ているんだ?」とお叱りを受ける。

あまりに低い評価ばかりもつけられない。

バランスよく評定をつけるのは難しい。

 

これを言い終えた後、「あ、それ、オレもそう思う」「オレもだ」という声が上がりました。

誰もが同じことで悩んでいたのです。

これは先生方が評定をつける際にも大いに当てはまっているような気がします。

次回に続きます)

 

 

評定の付け方 4か3か 〜先生方はこう考えています〜 その2 2018/02/04

前回の続きです)

確かにわたしが見ていても、5と2の生徒さんは、はっきりしています。

2がつく生徒さんというのは、定期試験の点数が芳しくない、というのが最大の理由です。

それもちろんですが、ほかにも2のつく要素を複数抱えています。

提出物を締め切りまでに出さないとか、字が乱雑だとか.....

字が乱雑か、そうでないのかは、主観の問題です。

百歩譲ってこれ以上問わないとしても、提出物を締め切りまでに出さないというのは、「客観的な事実」です。

また提出物のワークのマルつけがきちんとされていないとか、解いていない問題が目立つとかいうようなことも、「客観的な事実」です。

こういう「客観的な事実」が重なれば、当然の結果として2になります。

一方、やはり4か3かで微妙な場合が出てくるというのは、見過ごせません。

そうなると、後は評価をしてくれる先生の心証が物を言います。

先生の心証をよくするというと、意図的にゴマすりをするようで、あまりいいイメージが湧かないかもしれません。

しかし、わたしから言わせると、それほど難しく構える必要はありません。

提出物を遅れずに出すとか、あるいは、提出する際には、やっつけ仕事のようにやるのではなく、丁寧にやるとか.....

特に、丁寧にやるかどうかは心証を大きく左右します。

先生方はプロです。

丁寧にやったのか、そうでないのかは、たちどころに見抜きます。

先生方としては、丁寧に仕事をやる人を、なかなか悪くは付けられないものだからです。

男子より女子の評定の高い理由がこのあたりにもあります。

 

 

 

部活動での活躍は高校受験の内申書に有利か? その1 2018/02/05

わたしが中学生のころですが、親から「中学に入ったら、運動部に入っていると内申書に有利になる」と聞かされていました。

当時のわたしは、「親がそういうのだからそんなものかな?」と思い、入部したのがバレー部でした。

わたしはバレーに興味があったわけではありません。

小6のころ、同じクラスだった人が、バレー部に何名か入ったため、「何となく」「雰囲気で」入ったという感じです。

しかし、高校に入学し、いろいろな話を見聞きすると、「運動部に入っているから、内申点が有利になる」ということに、「ほんとうだろうか」という気持ちが湧き始めました。

ところで、このごろ「ブラック部活」という言葉を耳にするようになりました。

生徒さんの話を聞くと、「ブラック部活」としか思えないようなところが、そこかしこにあります。

ご父兄や生徒さんが、納得してやっていれば、問題は少ないかもしれません。

しかし、もしかすると、「今の部活に入っていれば、入試に有利になる」と考えているご父兄や生徒さんはいらっしゃいませんでしょうか?

「部活でいい成績を出して、先生方の心証をよくして、内申書に少しでもプラスになれば.....」

「部活に入っていないと、積極的でない生徒と思われて、評定にも影響してくるのでは?」

もしそうお考えだとしたら、高校が内申書をどう位置付けているのか、以下、紹介します。

次回に続きます)

 

 

部活動での活躍は高校受験の内申書に有利か? その2 2018/02/06

前回の続きです)

まず、公立高校の入試要項を見ると、運動部でも、何でもいいですが、ある部活動に入っていたからということで、内申書が有利になるという記述はありません。

ただ、部活動で県大会まで行って優勝したなど、基準以上の成績を上げた場合、前期選抜の出願基準が緩和されるという決まりはあります。

例えば、仙台二高では、次のようになっています。

通常の出願基準は3年間の平均評定が4.8以上であることが必要です。

個人や団体で県大会ベスト8まで行くと、出願基準が4.3以上という風に緩められています。

「なるほど、やっぱり部活でちゃんと結果が出せれば有利じゃないか!」という反論が予想されます。

しかし、これは「スタートラインに立てる基準を緩める」というものです。

部活動をしていたから、内申点に5点プラスしましょう、というような話ではありません。

仮に「部活動特別枠」で4.3ギリギリで二高に出願しても、内申点4.8以上の人たちと、競うことになります。

内申点だけを取ってみれば、それだけですでに不利になっています。

逆な言い方をすれば、「部活動特別枠」の受験生は、合格できない確率が高くなってしまうのです。

もちろん入試本番できちんとした成績を取っていれば、内申書の判定を物ともせず、合格が可能です。

そうであるなら、きちんと入試の成績がよくなるよう、頑張って勉強したほうが早道です。

「内申書に有利になるために部活動に励む」というのは、順序が逆です。

次回に続きます)

 

 

部活動での活躍は高校受験の内申書に有利か? その3 2018/02/07

前回の続きです)

「部活動に入って先生の心証をよくする」「部活動に入らないと、先生の心証が悪くなる」という点については、次のように考えます。

確かに、部活動に入って、目覚ましい活躍をしていれば、先生の心証はよくなるでしょう。

先生も生身の人間ですので、よい心証の下で付ける内申は甘くなる可能性もゼロではありません。

しかし、「先生の心証がよくなる」のは、部活動だけなのでしょうか?

わたしの見る限り、「部活動で心証がよくなる」可能性は非常に低いです。

先生の心証が最もよくなるのは、定期試験で確実によい成績を残すことです(笑)

それから、提出物を締め切りまでに出しているかや丁寧に字を書いているか、授業で居眠りをせず、まじめに聴いているかということも加わります。

なぜなら、定期試験の点数や提出物の提出期限、授業中の居眠り等は「誰が見ても納得できるハッキリとした基準」だからです。

「よい心証」といった曖昧なものではありません。

また部活動をしていない人が、高校入試の選抜の段階で、低く評価されるということもありません。

部活動とは直接関係がありませんが、例えば、公立高校では不登校の生徒を、「不登校である」という理由だけで不利な扱いをしないように指導しています。

これは、昨年、受験関係者と高校の先生方との懇談の席上、どの先生もそのようにおっしゃっていました。

不登校になっている生徒に対して、そうなっているわけです。

であるなら、部活動をしないことを理由に当該受験生を不利に取り扱うことはあり得ません。

次回に続きます)

 

 

部活動での活躍は高校受験の内申書に有利か? その4 2018/02/08

前回の続きです)

今回述べた部活動に関することは、利府高や柴田高のスポーツ科、あるいは、私立のスポーツ推薦の場合とは、切り離して考えていただければと思います。

この場合、部活動と高校における学校生活は密接に結びついています。

「部活動での活躍は内申書に有利か」というより、その部活動自体が、必要条件になります。

ただ、そうであっても、部活動ばかりやっていればよいのかというと、そのようなことはありません。

利府高や柴田高のスポーツ科は、入試の成績がよくなければ、当然不合格になります。

私立高校でも、羽生結弦さんや荒川静香さんを輩出した東北高校、プロ野球選手を多数輩出した仙台育英のような「セミプロ」のいる場合があります。

彼らは別格として、それ以外の人は、スポーツばかりというわけにはいきません。

実際、スポーツ推薦で私立高校に進学する人は、学習面がすっかりお留守になってしまっているという人たちが少なからずいます。

「勉強のほうは、どうにもならないので、お目こぼしをいただいて、何とかスポーツのほうで...」という人たちです。

実社会に出るとなれば、学校時代の成績が物を言います。

「スポーツばかりやっていて、卒業してもどこにも引っ掛かりませんでした」と、ならないように留意しておく必要があります。

「部活動は、あくまで学校教育のうちの一環」という原則を忘れずにいれば、内申書における部活動とはどういう位置づけなのか、よく理解できるのではないでしょうか。

 

 

 

「動画で雨か嵐か」 〜中学1年生 2月の定期試験をどう受けるか〜 2018/02/08

 

動画がきちんと表示されない場合はこちら↓

 

https://youtu.be/ZQF7ORCmUmc

 

 

合格状況 中間発表!! 2018/02/09

現時点で判明分の生徒さんの合格状況は以下の通りです。

 

仙台二華中 1名

東北学院高 特進 2名 総合 1名

聖ウルスラ高 typeU 1名

仙台育英高 特進 1名 英進 1名

尚絅学院高 特進 1名

東北高 創進 1名 文教 1名

仙台城南高 科学技術 1名

 

どの生徒さんもよく頑張りました。

大学受験については、結果待ちです。

高校受験に関しては、公立高校の受験を控えている人たちがほとんどです。

後期選抜まで、今日を含めて26日です。

「もう26日しかない」と考えるか、「まだ26日ある」と考えるか、人により受け止め方は様々でしょう。

特にボーダーラインでせめぎあっている人は、これから入試当日まで、1日1日を大切に過ごしていってください。

わたしはいつも言っていますが、わたしのできることは「生徒さんのお手伝い」です。

わたしが受験するわけではありません。

受験をするのは、受験生の皆さんです。

わたしは職務上、「ここが志望校です」と言われれば、そこに到達するよう、できる限りのことはします。

しかし、それについてくるかどうかは、生徒さんの気持ち一つです。

わたしだけが前のめりになっていても、どうにもなりません。

その点、よくよく肝に銘じてください。

何とかインフルエンザに打ち勝ち、受験当日までやっていきましょう。

 

 

 

現在の指導枠空き状況&新規募集について 2018/02/10

今回のコラムでは、本日現在の指導枠の空き状況および新規募集についてお知らせいたします。

年が改まってから、新規のお問い合わせが増えています。

4月からの指導開始のご予約の依頼も来ています。

また、受験に伴い、1月末で指導期間満了となったご家庭があり、対応できる時間ができました。

土曜の午前中の時間であれば、現在、お取りすることが可能です。

その時間に入れる方を募集します。

新学期になってからの予約もお早めにいただければ、早急に対応可能です。

現在、時間的な制約で、3件、キャンセル待ちが出ています。

空きが出ましたら、順次、ご案内していきます。

平日昼間の時間帯も併せて対応が可能です。

この時間ですと、予備校に通う既卒生や不登校の生徒さん、サポート校に在学する生徒さん、社会人の方が主となると思います。

なお、指導をお受けする上で、当方が条件としていることが一つだけございます。

それは、「菊池の指導を受けて学習する気持ちが、生徒さんにあるのかどうか」です。

菊池の指導を受ける意思のない生徒さんの指導依頼には、申し訳ございませんが、対応しておりません。

成績にかかわらず、菊池の指導を受けて学習する意思のある生徒さんは、お引き受けいたします。

「菊池に任せてみたい」というご父兄からのご連絡をお待ちしております。

 

 

「年齢で学年を区切る」ことの問題点 〜特に平均点の取れない生徒さんは.....〜 その1 2018/02/11

世の中には、年齢により、いろんなことが決まっています。

20歳以上の人は選挙権を得られるとか、飲酒や喫煙ができるとか、言ったようなことです。

現在、学年というのは、原則的に生徒さんの年齢によって属する学年が定められています。

それによれば、4月2日生まれから、翌年の4月1日生まれの人が「同学年」ということになっています。

しかし、こと学習ということになると、4月2日生まれから、翌年の4月1日生まれというだけで、「同学年」としていいものなのかということが、疑問に感じられてなりません。

家庭教師という指導形態をとっていると、学校の先生や塾の先生方より、かなり近い距離で生徒さんと接することになります。

そうすると、今さらながらという感じはありますが、生徒さんの学習における能力というのは、千差万別です。

年齢には全く関係ありません。

公立小中学校の場合、学習における能力の全く違う人たちが、「年齢が同じ」という理由だけで、同じ教室で同じ先生の授業を受けています。

もちろん、人の能力というのは、さまざまです。

運動にたけている人もいれば、音楽の才能がすばらしいという人もいます。

ただ、中学になると、「年齢が同じ」という理由だけで、習熟度に関係なく、同じ定期試験を受けています。

小学4年生に、中学1年の試験を受けるように言ったら、多くのご父兄は「それは無理だろう」とおっしゃると思います。

しかし、わたしから言わせると、「それは無理だろう」ということが、学校の現場では繰り返し行われているのです。

次回に続きます)

 

 

「年齢で学年を区切る」ことの問題点 〜特に平均点の取れない生徒さんは.....〜 その2 2018/02/12

前回の続きです)

わたしが公立小中学校に通う生徒さんを担当する場合、「平均点が取れているかどうか」というのは、生徒さんに指導する上で、大きな目安となっています。

「平均点が取れていない」ということは、その学年に見合うだけの習熟度に達していない、という風に解釈しています。

言い換えると、例えば学年は中1でも、平均点に達していないということは、その生徒さんの学力は小学生の平均値と同じだということです。

小学何年生になるのかは、その生徒さんの学力によります。

となれば、平均点が取れていない生徒さんというのは、「能力的に言って、かなりハードなことを要求されている」ということです。

本来なら、そういう生徒さんは、下の学年でやっているようなことを再履修するのが理想です。

しかし、制度上、そのようにはなっていません。

「年齢が同じ」というだけで、同じ学年に所属し、同じ勉強をし、同じ試験を受けるというのが、そもそもかなり無理があるのです。

その点をよく心得ていれば、そういう生徒さんには、何を教え、逆に何を教えないようにしなければならないかは、おのずと答えが出ます。

ご父兄にしても、平均点が取れていないという子息をお持ちならば、こと学習面に関しては、何を要求し、逆に何を要求してはいけないのかは、答えが出てきます。

将来の進路を考える際にも、そういう観点が必要になってくるでしょう。

幸いなことに、多くのご父兄は、子息の能力というのがいかほどなのか、だいたいのところはつかんでいるようです。

次回に続きます)

 

 

 

「年齢で学年を区切る」ことの問題点 〜特に平均点の取れない生徒さんは.....〜 その3 2018/02/13

前回の続きです)

高校に進学すれば、学力的に同じくらいの人たちが集ってきます。

もちろん、高校に入学したらしたで、席次は決まります。

が、中学のときほど、決定的な差というものではありません。

高校の場合は、順位がつくにしても、あくまで学年内でのトップからラストまでです。

しかし、公立小中学校の場合は、「学年そのものが違う」と言えます。

それほどまでに、できる生徒さんと、学習の苦手な生徒さんの差は決定的です。

実際、高校になると、使用する文科省検定済みの教科書でも、扱うレベルは違います。

最も顕著なのは英語です。

トップ校で使用するものは、実に細かい字で、内容的にも難しい文章が紙一面に並んでいます。

さらに、そういう教科書だけでは飽き足らず、学校からはさらなる量の課題が出されます。

一方、入学難易度の高くない高校の場合、「これって、中学の教科書じゃないの?」と思えるようなものを使っていたりします。

内容的にも初歩の初歩から記載してあります。

わたしに言わせると、これが「自然」です。

彼らにとっても、訳の分からないものを学ばされるよりは、いいはずです。

「年齢が同じ」というだけで、学年を区切るには、これだけの無理があります。

受験関係者も、学んでいる生徒さんも、その区切り方のひずみで必死にもがいています。

こういう現状のあることを、ご父兄にはご理解いただければ幸いです。

 

 

 

二華中・青陵中合格者が今やっておくべきこと 〜中学入学後を見据えて〜 その1 2018/02/14

今、世の中は入試シーズン真っただ中です。

受験生でない中高校生も、今月は定期試験の季節です。

そんな世間を尻目に、二華中・青陵中に合格した皆さんは、少しゆったりとした気分で、残りの小学校生活を送っている人が多いかもしれません。

そうした中、中学入学後のことを考えたとき、今この時期にやっておいたほうがいいと考えることを記すことにします。

今、最もやっておいてほしいことは、算数の中学入試問題、特に応用力を必要とするような歯ごたえのある問題を、毎日毎日、数を決めて解いていくことです。

二華中・青陵中の入試問題は、教科をまたぐ総合問題です。

「これが算数」「これが理科」というふうに科目別にはっきりと分かれていません。

多くの合格者の皆さんは、こうした入試に対応した問題を入試前、繰り返し解いてきているはずです。

それはそれで、入学後の学習に役立っています。

決してムダにはなっていません。

そうした実力をさらに磨くために、算数の中学入試問題を徹底してやるようにすると、余裕を持って入学後の授業に臨むことができます。

「余裕を持って中学の授業に臨むなら、英語・数学の先取りをやったほうがいいのでは? いまさら、中学入試問題は不要では?」とお考えの方がいらっしゃるかもしれません。

英語・数学の先取り学習はもちろんやっていただいたほうがいいです。

しかし、あくまで優先順位は算数の中学入試問題であるとわたしは考えています。

次回に続きます)

 

 

二華中・青陵中合格者が今やっておくべきこと 〜中学入学後を見据えて〜 その2 2018/02/15

前回の続きです)

次にやっておいてほしいのは、前回にも記したように、英語・数学の先取りです。

数学については、中学校で実際に使用する教科書・教科書ガイドを購入し、練習問題を解いていけばいいでしょう。

難しい問題にも挑戦していく必要があります。

英語については、近くに指導者がいないと厳しいかもしれません。

独習をしなくてはならない場合は、市販されている独習用の教材を使うという方法もあります。

それに沿って、やっていけばいいでしょう。

優先順位に関して申せば、

 

算数の中学入試問題

→数学の先取り

→英語の先取り

 

というふうに、わたしは考えています。

とにかく、算数の中学入試問題の演習は、省くべきではありません。

算数の中学入試問題の演習をしっかりやっていれば、正直、後は何とでもなる、とさえ考えています。

二華中・青陵中に合格するくらいの生徒さんであれば、それだけの下地は十分にあります。

「算数の中学入試問題なんて、そんなに役に立つものなの?」とお考えのご父兄、生徒さんもいらっしゃるかもしれません。

それに対するわたしの回答は、「算数の中学入試問題の素養がガッチリとある生徒さんと、そうでない生徒さんでは、その後、天と地ほど違ってくる」というものです。

次回に続きます)

 

 

二華中・青陵中合格者が今やっておくべきこと 〜中学入学後を見据えて〜 その3 2018/02/16

前回の続きです)

さすがに、二華中・青陵中の合格者は、算数の力がしっかりしています。

そうでもなければ、あの入試問題に対処できるわけがありません。

しかし、中学入学後は、そういう人たちの間で競争することになります。

小学校のときには、「勉強がよくできた人」でも、入学後は「普通の人」になる可能性が高いのです。

そういうところを乗り切っていくためには、算数の中学入試問題をしっかり身につけた上で、英語・数学の先取りをしていく以外に方法が思い当たりません。

では、算数の中学入試問題はなぜそんなに大切なのでしょうか。

以下、記すことにいたします。

実際に中学の数学の問題をやるようになれば分かりますが、「新しい単元のふりをしているが、実質的な中身は小学校の算数そのもの」というのが山のように出てきます。

そして、いわゆる「難問」と言われるものほど、算数の中学入試問題で問われる内容のものが多くなってくるのです。

事実、算数の中学入試問題は、高校入試問題、あるいは大学入試問題より難しいものがあります。

二華中・青陵中で問われる算数の問題を、中3生が解いたら、半分以上の中3生は、限りなく0点に近いでしょう。

それもそのはずで、半分以上の中3生は、小学校の算数の基礎が程度の差はあれ、抜けていますから、難問に太刀打ちできないのです。

二華中・青陵中では、通常の単元を理解するするだけでは不十分です。

何がキーになるかと言えば、それは算数の中学入試問題で問われるようなことです。

次回に続きます)

 

 

二華中・青陵中合格者が今やっておくべきこと 〜中学入学後を見据えて〜 その4 2018/02/17

前回の続きです)

もっとも、こなさなくてはならない科目は英語・数学だけではありません。

国語・理科・社会もあります。

ただ、この英語・数学の2教科をしっかりやっていけば、他の教科の結果はついてきます。

二華中・青陵中の先生方も、そのあたりのことは、よく理解されています。

もちろん、結果がついてくるには、他の勉強もしなくてはなりません。

が、英語・数学に追いまくられると、他教科の学習をしようという余裕が出てきません。

また、仮に英語・数学以外の他教科が遅れてしまうようなことがあっても、何とか挽回が効きます。

さらに小学校のときよりは通学に時間がかかるようになります。

おまけに、部活動もやってみたいということになると、時間的にも限られた状態で高度な学習に耐えていく必要があります。

こういうことは、高校生になれば、誰でもそうなります。

二華中・青陵中に通学する人は、中学生からそういう環境にいなくてはなりません。

彼らは、下手な高校1年生より精神的にも成熟しています。

とはいうものの、3年間の差というのは、やはり大きいです。

とにかく、時間に余裕があるうち、入学に向けて、着々と「蓄え」を増やしていってください。

6月の中間試験を迎えたとき、「蓄え」の大切さを実感するようになります。

 

 

「動画で雨か嵐か」 〜第1志望校に合格する人ってどんな人?〜 2018/02/15

 

動画がきちんと表示されない場合はこちら↓

 

https://youtu.be/JF6lfj6olgY

 

 

 

小学生からの悪い癖を中学まで引っ張らないためには..... その1 2018/02/17

去る2月11日のサザエさんでは、「ぼくたち、立たされ族 」という題で放送がされていました。

内容は「学校で廊下に立たされること」を巡る一話です。

カツオ君が試験中に居眠りをしていたのを先生にとがめられ、廊下に立たされたことから話は始まります。

それをきっかけとして、サザエさんやノリスケさん、波平さんが、学生時代に立たされた経験にまつわる話が展開していきます。

学校でよからぬことをして、廊下に立たされるというのは、ご父兄にとっても非常になじんでいる光景ではないのでしょうか。

翻って、今の生徒さんたちが、廊下に立たされるということがあるのかどうか、何名かの生徒さんに尋ねたところ、そうしたことにはなじみが薄いようでした。

学校現場では体罰が姿を消しつつあります。

先生方も随分と神経を使っているように見えます。

ただそうでない先生もいて、それがときとして、大きな問題になっているようです。

ただ、「学校現場で体罰がなされた」という報道の中には、「これが体罰なの?」と思ってしまうようなこともあります。

そして、どうやら廊下に立たせる、などという罰も、解釈によっては「生徒の授業を受ける権利を奪った」ということになるらしいのです。

そういう流れがあるせいなのか、小学校では、宿題を忘れたり、提出物を出さなかったりしたとき、学校の先生方もいちいち気に留めなくなっている場合が多いようです。

次回に続きます)

 

 

小学生からの悪い癖を中学まで引っ張らないためには..... その2 2018/02/18

前回の続きです)

わたしの小学生の生徒さんに尋ねると、宿題を忘れたり、提出物を出さなかったりする人は「いつもの人」で、受け持ちの先生も「いつものこと」という具合に、気に留める様子がないのだそうです。

さすがに、最初のころは先生も小言の一つも言ったりしていたでしょう。

が、たび重なれば、いちいち取り合わなるのも道理です。

そういう生徒というのは、「宿題はやっていかなくてはならない。提出物は期限までに出さなくてはならない」という感覚がないのでしょう。

発達障害であるとか、特別な事情があるのならば話は別ですが.....

先生が体罰をしたり、きつめの罰を与えたりすれば、彼らも少しは反省するでしょう。

しかし、下手なことをすれば、やれ体罰だ、授業を受ける権利を奪ったなどと騒がれてしまいます。

そういう生徒は、先生が実力行使をしないのをいいことに、義務を果たさなくとも、平気でいられます。

悪い癖がついてしまうと、彼らは中学でも同じことを繰り返します。

いざ直そうと思っても、かなり前から体に染みついているものは、そうそう改善しません。

そして、意外に感じられるかもしれませんが、そういう生徒は、意外とおとなしいタイプの人が多かったりします。

先生方としても、いちいち注意したりせず、黙って内申評定を下げることで対処しているようです。

当然、そうなるでしょう。

次回に続きます)

 

 

小学生からの悪い癖を中学まで引っ張らないためには..... その3 2018/02/19

前回の続きです)

このように考えてみると、「宿題をやってこない。提出物を出さない」ことで、厳しくとがめられる経験を持たないというのは、「怖い」ことです。

学校としては、指導をして矯正をさせるというよりは、「余計なことをせず、黙って切り捨てる」という方向性が強まっているように思います。

何しろ、きつく指導をすれば、やれ不適切な指導だとか、授業を受ける権利を奪っているなどと言われたりします。

その父兄が学校にねじ込んでくる可能性もあります。

となれば、勢い「黙って切り捨てる」というふうにならざるを得ません。

そして、そういう場合に限って、いざ高校受験になって、「内申点が足りない」「志望のところの専願も受けられない」などと言い出します。

そうなると、すべては後の祭りです。

学校が余計なことをせず、黙って切り捨ててしまった生徒の中には、受験産業の門をたたく人もいます。

家庭教師という業態上、そういう人は塾などよりは多くなる傾向にあります。

彼らのような人は、家庭教師派遣会社にいた当時、ちょくちょく担当することがありました。

そういう人たちに接していると、なぜ宿題や提出物をやっていかなくてはならないのか、それがどれほど大切なものなのか、理解できていないようでした。

厳しくとがめられたりした経験もあまりないようで、こういう人が社会に出たら苦労するだろうなあと感じました。

わたしが彼らの将来を心配する必要はありませんが、小さいころからの習慣というのはかくも大切です。

「悪い芽」は、小さいときにしっかり摘んでおかなくてはなりません。

 

 

受験のための読書 〜文学作品かノンフィクションか〜 その1 2018/02/20

昨年11月、「試験の点が上がる」読書はどうあるべきかという題で、コラムを書いたところ、担当しているご家庭から、思った以上の反響があったことをふと思い出しました。

わたしの答えは、「特にジャンルを問わず、子息が読みたいと思うものであればOK」というものです。

ただ、ご父兄は「どういう本を読めば受験に役立つのか」ということに最大の関心をお持ちのようでした。

今回は、そうした声にこたえ、「どういう本を読めば受験に役立つのか」ということに、わたしなりの考えを記すことにいたします。

ここで、世に出回っている本を、大別して文学作品と文学作品以外のノンフィクションの2種類に分けることにします。

受験という観点で見た場合、文学作品とそれ以外のノンフィクションとでは、ノンフィクションのほうに軍配が上がります。

文学作品は「ハイジ」だとか「ピーターパン」といった、「世界名作童話」のようなものが、言わば「入門編」です。

このほかに、中学・高校になって国語の教科書に出てくるような小説、例えば芥川龍之介の「羅生門」とか、夏目漱石の「こころ」といったようなものが考えられます。

また、最近ですと、生徒さんたちはライトノベルと言われる分野、つまりアニメのストーリーを文章にしたものをよく読んでいます。

これら文学作品は、それこそ「物語」です。

ノンフィクションに比べ、読みながら頭の中にストーリーを描くことが比較的容易です。

そして多少、読み飛ばしても、あらすじは頭の中に残ります。

そして、何となく「読了した」という気になります。

次回に続きます)

 

 

受験のための読書 〜文学作品かノンフィクションか〜 その2 2018/02/21

前回の続きです)

一方、ノンフィクションは、ある程度、下地となる知識があって、初めて内容の理解ができます。

例えば、恐竜を扱った図鑑や書籍では、その恐竜の様子を写真や絵で見ているだけならば、それほどハードルは高くありません。

ただ、もっと深く知識を得ようとすると、基本となる知識を持っておくことが前提になります。

「恐竜はいつごろ、どのようにして地球上で栄えたのか」「どうして絶滅してしまったのか」などという知識です。

こういうものを読もうとすれば、恐竜というものに興味関心がなければ、なかなか読めるものではありません。

逆な言い方をすれば、恐竜に関する基本的な知識があれば、さらに知識が増し、それをベースにもっと専門的な知識を得ることができます。

資産家が持っている資産を運用して、さらに資産を増やすというのと同じ理屈です。

受験で扱うことは、圧倒的にノンフィクションです。

国語、数学、理科、社会、英語、いずれの教科をとっても、日常生活ではまず触れることのない専門的な用語や考え方が、小学校のころからこれでもかと出てきます。

となれば、ノンフィクションに小さいころから慣れ親しんでおいたほうが、より受験としては有利になる、というのがわたしの考えです。

以上は、あくまで「あえてどういう本を読めば受験に役立つのか」ということを考察しただけです。

文学作品でも、ノンフィクションでも、文字に慣れ親しむという姿勢がついてくれば、それで十分です。

 

 

 

試験問題を読む速さは成績でこんなに違う その1 2018/02/22

生徒さんの指導をしていて感じるのは、学力や習熟度の違いのみではありません。

試験問題を読む速さが、個々人でこんなに違うものなのかということもハッキリと分かります。

特に国語や英語で長い文章を読まなくてはならないときに顕著です。

一般的に、成績のよい生徒さんほど速く読むことができます。

しかし、最も速く読むのは、そういう生徒さんではありません。

スピードが最も速いのは、勉強の苦手な生徒さん、特に中学生で定期試験が1科目35点取れないという生徒さんです。

こういう成績の生徒さんですと、通常の演習では、国語にせよ、英語にせよ、長文を読むということはあまりしません。

長文問題を解く以前に、やらなくてはならないことが山のようにあるからです。

ただ、たまに長文問題に取り組んでもらうと、あっという間に読み終わり、あっという間に答えを書き上げます。

「え? もうできたんですか?」と尋ねると、わたしが驚いた表情を尻目に、実にすがすがしく「はい。終わりました」と彼らは返事をくれます。

「できた」という内容を見ると、記述を必要とするものは、だいたいが白紙に近い状態です。

そして、選択問題は一応、選んではあるのですが、ほぼ「彼らの一瞬のひらめき」だけに従って選んでいます。

そういう場合でも、正解する場合はありますが、「きちんと読めていない」ということだけは、よく伝わってきます。

次回に続きます)

 

 

試験問題を読む速さは成績でこんなに違う その2 2018/02/23

前回の続きです)

彼らの「読み方」というのは、一言で言えば、「何となく読み飛ばす」というものです。

自分が理解できる、あるいは理解はできていないが、聞き覚えのあるような言葉を見つけ出し、「何となく」読み飛ばしているのです。

彼らにいくら「きちんと読んでください」といっても、もともと持っている言葉の数や理解度が低いと、「きちんと読みたくても読めない」のが現実です。

事実、彼らに(所属学年−3年または4年)くらいの国語の教科書を読んでもらうと、読むスピードは遅くなります。

短時間ですべての文章を読み飛ばすということはしません。

つまり、彼らなりに「きちんと読んでいる」ということが分かります。

では、最も読むのが遅い生徒さんというのは?

それは、平均点がとれておらず、中学生の定期試験で1科目30点台後半〜40点台くらいの生徒さんです。

彼らは先ほど述べた人たちとは違い、彼らなりに「きちんと読もう」という姿勢があります。

先ほど述べた生徒さんのように、「文章全体を全速力で駆け抜ける」ということはしません。

ただ、「文章を読んで理解する」というスピードが、平均点の取れている生徒さんたちに比べてかなり遅くなる傾向にあります。

言葉に対する理解度や基本的な知識が、相対的に少ないためです。

そして、時間が足りなくなり、後半になると焦って、文章がしっかり読めなくなってしまっています。

また、そのレベルの成績の生徒さんの場合、「問題文をしっかり読む」ということは、彼らの気分や志気に影響される部分が大きいです。

「問題文をきちんと読む」ということは、かくも大変で、骨が折れるものかと感じています。

 

 

 

平成30年・2018年度宮城県公立高校 後期入試倍率 発表!! 2017/02/24

すでにTwitterでは取り上げておりましたが、平成30年度宮城県公立高校入試の後期倍率を今一度取り上げます。

詳細はこちらです。

ここでは、仙台圏の高校を取り上げます。

まず、ナンバースクール関連は、三高の理数科を除き、ほぼ例年通りです。

二華は、一時期、定員割れギリギリくらいまで倍率が落ちたことがありましたが、昨年1.52→今年1.41というペースに戻っています。

三高の理数科は2.54となり、昨年の1.15と比べると、倍率が跳ね上がりました。

1.5倍以上のところは、17学部です。

3年前29→2年前27→昨年24→今年17

となり、全体的に平準化しています。

また、第2回予備調査の際、「要注意高」として、指摘していたところがありました。

そちらの動向です。

 

仙台向山(理数)0.70→1.28

宮城一(理数)1.00→1.38

仙台三(理数)1.95→2.54

泉松陵0.80→1.03

宮城広瀬1.10→1.45

宮城工業 (化学工業)1.10→1.75

仙台工業(電気科)1.19→1.36

 

利府高校は昨年が定員割れ、今年も1.05で、ほぼ全入状態になっています。

泉松陵はこのところ、急速に倍率を落としてきています。

宮城広瀬と比べると、宮城広瀬は仙山線の駅を降りるとすぐです。

一方、泉松陵はバス・自転車・ご父兄がお抱え運転手になる、のいずれかになってしまいます。

立地条件が影響しているとも考えられますが、二華のように定員割れギリギリが続いて、突然また倍率が跳ね上がらないとは言えません。

後期選抜試験は3月6日(火)です。

 

 

「動画で雨か嵐か」 〜受験生 最後の追い込みのかけ方〜 2018/02/24

 

動画がきちんと表示されない場合はこちら↓

 

https://youtu.be/0QfTITJ00d4

 

 

入試から見た定期試験の位置づけ 〜中1・中2生が心すべきこと〜 その1 2018/02/25

今日から国公立大学の2次試験が始まります。

また3月6日には公立高校の後期選抜入試が控えています。

受験生にとっては、まさしく正念場を迎えています。

そして、中学生はほぼ2月の定期試験が終わりました。

高1・高2生は、もうすぐ期末試験が終了します。

そうした中、中1・中2生が定期試験に臨む様子を見ていると、「この人たち、分かってないよなあ」と感じることがしばしばあります。

「分かってないよなあ」というのは、自分たちにとって、定期試験と入試がどういう位置づけなのか、分からない、分かろうともしない、という人たちが相当数いるということです。

分からないのは知識がないわけですから、しかたがありません。

わたしのほうから積極的に彼らに働き掛けていかなくてはなりません。

しかし、分かろうともしないというのは、困ったものです。

よく考えてみると、彼らの周りにいる大人たちは、「定期試験でしっかり点数が取れるように」ということは、いろんな形で彼らに伝えています。

彼らにとっても、「今度の期末テスト、しっかり!」という言葉はいささか食傷気味です。

一方、彼らに「入試から見た定期試験の位置づけ」を教える機会はかなり少ないのではないでしょうか。

次回に続きます)

 

 

入試から見た定期試験の位置づけ 〜中1・中2生が心すべきこと〜 その2 2018/02/26

前回の続きです)

多くの中1・中2生にとり、定期試験が大切だということは、さすがによく理解されています。

何しろ、年に4回もしくは3回は、必ず「その日」がやってくるからです。

そして「その日」が近づくと、いろんな「苦役」が待っています。

学校からは副教材ワークの提出を求められる.....

授業でも「ここ、大切だから、今度のテストに.....」などという言葉が、学校の先生から頻々と聞かされる.....

さらに、内申書というのがあって、その結果が悪いと、後々の高校入試に悪影響が及ぶということも、広く理解されています。

しかし、その先にある入試そのものに関しては、「遠い存在」「自分とはかかわりのない存在」という人が多数います。

もとより、彼らの多くは、定期試験を現実に体験していても、入試を経験したことのない人がほとんどです。

入試本番当日まではまだまだ時間がありますから、確かにそれも無理からぬことなのかもしれません。

そして、目先の定期試験に追われて、入試のことまで考える余裕がない、というのが本音なのかもしれません。

しかし、彼らの事情とはお構いなしに、入試本番の「その日」は確実にやってきます。

そして、いよいよ、にっちもさっちも行かなくなると、慌てふためく事態に陥ります。

「このままでは、どこにも行くところがない」

「内申点が悪すぎて、どうしようか」

などなど.....

毎年、わたしの眼前で繰り返される光景です。

次回に続きます)

 

 

入試から見た定期試験の位置づけ 〜中1・中2生が心すべきこと〜 その3 2018/02/27

前回の続きです)

わたしは、生徒さんに入試を中心に据えた場合の定期試験とはいかなるものなのか、ということを、折に触れて伝えるようにしています。

「今、学習している単元は、入試ではこのような扱われ方をする」

「なぜ定期試験の積み重ねが入試にとって大切なのか」

「あなたの志望校を考えると、今の時期に、必ずこのくらいの成績は取っておくべき」

といった具合です。

定期試験と入試とは、そもそも実施する目的が異なります。

定期試験は、学校が学習の到達度を判断するために実施します。

一方、入試は、進学しようとする学校が、入学を希望する人たちにふさわしい学力があるかどうかを判断するために実施します。

性格が異なるとはいえ、「定期試験の積み重ね」が入試につながることは言うまでもありません。

ただし、入試という観点から見た場合、重要なのは、「定期試験そのもの」ではなく、「定期試験の積み重ね」です。

そうすれば、定期試験が終了した段階で、

「終わった! 終わった! 

さあ、テストが終わったから、思いっきり羽を伸ばそう。

しばらく勉強なんかやらなくても大丈夫」

と感じることもなくなるでしょう。

「目先の定期試験ばかりに気を取られる」ということもなくなるでしょう。

以上、申し上げたことは、よくよく考えてみると、「な〜んだ、当たり前のことばっかり」です。

しかし、その当たり前のことを理解していない人が多すぎるので、書いてみました。

 

 

 

月末のつぶやき 〜生徒さんが取り組む宿題について〜  2018/02/28

今日で2月が終わります。

明日から3月です。

2月28日から3月1日になるだけで、わたしは気分も意識も変わります。

受験生は、公立高校の後期選抜試験が控えています。

わたしもそれまで全力で臨みます。

在校生の皆さんは、6月まで定期試験がありません。

ゆえに、この時期はどうしても中だるみします。

また、秋口から新たに担当を始めた生徒さんがいることもあり、今回のコラムでは、生徒さんに出す課題について、改めてわたしなりの考えを記すことにします。

まず、わたしがなぜ課題を出しているかと言えば、指導時間の演習だけでは成績を上げることができないからです。

わたしとしても、好き好んで課題を出しているわけではありません。

こうしないと成績が上がらないので、「しかたなく」課題をやってもらっているのです。

わたしがすべての学習時間に張り付いて、勉強の進み具合を見ることはできません。

それを補うための「課題」です。

わたしはそれを指導の際、特に担当して日が浅い生徒さんには折に触れて伝えるようにしています。

が、中にはそれを十分に理解していない人もいます。

「勉強はあまりしたくありません。でも〇〇高校には行きたいです。」というのは、人間の心理としては分からないではありません。

しかし、それは、そこに入りたくて一生懸命に頑張っている人を侮辱するものです。

ただ、課題の選定に当たっては、生徒さんの意向、すなわち「こういう点を強化していきたい」「学校の課題が大量に出ているので、そのほかのところを課題でやっていきたい」という希望については、なるべく取り入れています。

課題は「勉強のための勉強」ではありません。

「成績を上げていくためのもの」です。

その点、指導ではさらに周知徹底を図っていきます。

 

 

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