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現在、二華中・青陵中を中心とする中学受験が、本県でも盛んになっています。
中学受験の場合、だいたい付属高校へは自動的に進学できます。
しかし、中には少数ですが、そういうところから高校受験を目指す人がいます。
今回のコラムでは、そうした人のうち、ナンバースクールに進学している人について取り上げます。
以下、示す数字は、ナンバースクールにおける青陵中・私立中出身者の在籍数です。
数値の出典は、平成30年、各高校が発行している学校要覧より引用しました。
<仙台一高>
古川黎明 4
東北学院 1
宮城学院 2
白百合 2
尚絅 1
<仙台二高>
青陵 2
白百合 4
東北学院 4
ウルスラ 2
<仙台三高>
古川黎明 2
東北学院 1
ウルスラ 1
宮城学院 2
<宮城一高>
古川黎明 1
宮城学院 1
ウルスラ 1
尚絅 1
白百合 5
<仙台二華>
古川黎明 1
ウルスラ 2
古川黎明中から進学する人が目を引きます。
古川黎明中は、二華中・青陵中と同様に、中学受験を経た人が進学します。
古川黎明中の卒業生は、基本的に古川黎明高に進みます。
古川黎明高は、今年3月の進学実績が東北大2名となっています。
この数字は、石巻高校、仙台南、白百合、古川学園と同数です。
そのため、「仙台の高校に通って揉まれたい」という人がナンバースクールを目指しているのでしょう。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回のコラムで扱った高校別の中学出身者の数値を、今度は中学別に並べてみます。
<古川黎明>
一高 4
三高 2
宮一 1
二華 1
<東北学院>
一高 1
二高 4
三高 1
<宮城学院>
一高 2
三高 2
宮一 1
<白百合>
一高 2
二高 4
宮一 5
<尚絅>
一高 1
宮一 1
<青陵>
二高 2
<ウルスラ>
二高 2
三高 1
宮一 1
二華 2
わたしが、アレッと思ったのが、青陵から二高へ2名が進学しているということです。
これを多いと見るか、少ないと見るか、まあそんなところでしょと感じるかは、人それぞれです。
青陵といえば、二華と並んで、本県中学入試の「双璧」です。
青陵から二高に行った2名の方は、順当に行けば、青陵でがんばって何の問題もなかったはずです。
そういう中、高校入試というリスクを背負って、二高に挑戦するというのは、なかなかできることではありません。
二華から二高に行った人は、この資料を参照する限りはいません。
ただ、二華を何らかの理由で退校して、地元の中学に編入している人はいるでしょう。
そして、その後にナンバースクールへ進学している人たちは、いる可能性があります。
本県の中高一貫・私立中には、大きい数字でないとはいえ、今回取り上げたケースがあることをご留意いただければと思います。
過日、高校生の指導をしていたとき、その生徒さんから「英語の面白さって、どういうところにあると思いますか?」という質問を受けました。
「面白さねえ〜 面白さ..... 面白さ.....」としばらく考え込んでしまいました。
わたしは、生徒さんにときどき
「英語って、何のために勉強すると思いますか?」
「数学って、xだのyだの、どういう役に立つんでしょうね?」
などということを質問します。
特に体験指導などのときに、この手の質問をすることが多いです。
今回は、生徒さんのほうから、逆に質問を受けたわけです。
英語の面白さというものを考えるに当たり、わたしは数学と比較し、自分の考えを述べることにしました。
それは、
「自分にとって、数学はあくまで紙の上での学問であった。一方、英語は、紙の上にとどまらず、『実体験』を伴うことができた」というものです。
数学とはこれまで、学校の試験以外の「付き合い」はありません。
一方、英語は、実際にそれを使う機会を比較的多く持つことができました。
たまたまそうなったのか、それともわたしの志向のゆえにそういう結果になったのかは分かりません。
多分、両方が原因でしょう。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
わたしには、小学生のころから、外国からの短波ラジオ放送を聴取するという趣味がありました。
そこには、英語、中国語、フランス語、その他多くの聞いたこともないような外国語があふれていました。
外国の放送局に、中学生の坊主の分際で、英語で手紙を書いたことが幾度もあります。
受信に関する情報を、海外の書物から得るということもしていました。
そのため、英語は「紙の上だけのもの」ではありませんでした。
一方、数学は、わたしが英語で持てたような「実体験」を得る機会がありませんでした。
上述した「数学はあくまで紙の上での学問」というのは、そういう意味です。
世の中のことを俯瞰すると、数学は「縁の下の力持ち」という要素が大きいように思います。
そして英語に接した際に、わたしが持てた体験とは比較にならないほど、数学は抽象度が高いです。
そうしたわけで、数学は、わたしにとって、今一つ、食指が動かない分野です。
逆に英語には、興味関心が湧きたちます。
英語のみならず、国語の古典や社会の歴史・政治経済には、心中引かれるものがあります。
なぜなのか、自分でも分かりません(笑)
理屈で説明ができないのです。
これは、結局のところ、「こってりラーメンが好きか、あっさりラーメンが好きか」という違いのようなものだと考えています。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回までのコラムで述べたように、わたしの興味関心は、理数系ではなく、文系です。
これまでの経験上、理系、特に数学を専攻した方は、数学に対する愛情を熱っぽく語ります。
数学の好きな人の話を聞くと、「ホントにこの人は、数学、好きなんだろうな〜。数学もここまで愛されて幸せだろうな〜」などと感じたりもします(笑)
しかし、英語が三度の飯より好きとか、古文に対する愛情を滔々と語るという人には、巡り合わせがないままです。
わたしなら、英語にとどまらず、語学・言語全般に対する「愛」は、語れそうな気がします。
生徒さんには、その一端を披露することがありますが.....
多くの生徒さんが苦手・無味乾燥と考えている文法も、「なぜこういう例外があるんだ! メンドくさい!」という風には、あまり感じたことがありません。
逆に、「なぜこういう例外があるんだ! きっと何か理由があるに違いない! 理由を知ったら、楽しいかも!」と考えてしまうのです。
文法嫌いの人にとっては、信じがたい話かもしれませんが.....
ここで「受験」という観点からちょっと申し上げてみます。
生徒さんにとって大切なのは、「興味関心が湧かないからと言って、勉強しない理由にしない」ということです。
わたしも現役学生のころは、数学に心血を注ぎました。
「好まざるもの」をいかに克服するかが、点数アップできるか否かの重要な要素になります。
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表題にある件で、この場を借りて、苦言を呈します。
このところ、ごく一部の生徒さんのことではありますが、課題のマルつけをしないということが連続しています。
これは、わたしのほうで出した課題だけではありません。
学校のほうで自己採点の上、提出するようにという副教材ワークの課題に対してもです。
わたしが課題を出したときには、基本的に生徒さんが自己採点をするように指導しています。
しかし、それをせずにしてくる人がいます。
そういう人には、繰り返しマルつけの重要性を語っていますが、それでもなお、してこない人がいます。
そういう生徒さんには、こう言いたいと思います。
課題のマルつけをしない行為は大嫌いです!!!
わたしの嫌いな行為をしないでほしいのです!!!
本来なら、わたしが採点をするのが最良でしょう。
事実、「課題のマルつけを含めて自分がやる」という先生もいらっしゃいます。
しかし、わたしは、ある一定以上の学年、習熟度に達したなら、自分の間違いは、まず自分で探求してほしいと考えています。
また、家庭教師という指導体制は、時間が非常に限られています。
生徒さんが自己採点をしてくることで、指導の時間を有効に使いたいとも考えています。
そのようなわけで、受け持ったばかりの生徒さんには、わたしはなぜ自己採点が大切なのか、自己採点とはどういう意味を持つのかを、諄々と説きます。
そういうことを何度かやっても、やってこない人がいるのは、非常に残念です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
マルつけをしてこない理由を、生徒さん本人に問いただすと、
「単純に忘れていました」
という答えが返ってきました。
実に簡潔にして明瞭な回答です(苦笑)
まあ、そのとおりなのでしょう。
しかし、苦笑いばかりしてもいられません。
わたしは彼らに繰り返し、繰り返し、繰り返し、その重要性を説いてきています。
そして、彼らは何度も「単純に忘れて」きています。
ここまでは、指導の際によくあることです。
いちいち気にしていたら、身が持たないというのも正直なところです。
さはさりながら、わたしが最も致命的だと感じているのは、
「自分の書いた答えが、正解なのか、誤答なのかに関心がない」
という点です。
「自分の答え、当たってるのかな? それとも間違ってるのかな? 気になるなあ〜」
.....こういう意識があれば、「単純に忘れました」などということは、絶対にあり得ないはずなのです。
試験の答案にいくら一生懸命に間違った答えを書いたところで、返って来る点数は0点です。
つまり、「やっていないのと一緒」です。
そのため、成績を上げるには、自分の間違ったところをいかに少なくしていくかがカギとなります。
一方で、そもそも自分の書いた答えの正誤に無関心・無頓着ならば、
「間違いは、きちんと直しましょう」
と指導したところで、糠に釘です。
彼らには、「自分の答えに関心と責任を持ってもらう」ように、引き続き指導していきます。
この仕事についた者にとっての永遠の課題のような気がします。
表題の件で、公立高校・私立高校・高専のオープンキャンパスの日程をお知らせいたします。
公立高校については、ツイッターにて案内済みですが、再掲します。
再度こちらにリンクを掲載いたします。
(宮城県公立高校オープンキャンパス日程)
また、仙台圏の私立高校および高専ののオープンキャンパスの日程も各校より発表になっています。
このたびわたしが一覧表を作成したものを、PDFファイルでアップいたします。
(仙台圏私立高校・高専オープンキャンパス日程)
ここで、オープンキャンパスの見るべき点、コツ(?)のようなものを3点挙げておきます。
(1)自分が通学する可能性のあるところには、なるべく足を運ぶ。
中3生で、志望校が固まっていない人もいるでしょう。
ただ、「だいたい、この辺り」というのはあるはずです。
ですから、公立・私立問わず、できる限り、自分の目で見ておくといいです。
(2)実際に通学する方法で行ってみる
当然の話ですが、高校へは自宅から通学しなくてはなりません。
経路をしっかり確認しておいたほうがいいでしょう。
JR、バス、地下鉄などの乗り継ぎには、意外な「穴」が潜んでいるものです。
今のうちから、確認しておきましょう。
(3)中3生でなくても参加する
参加は主として中3生が中心となります。
とはいうものの、中1・中2生、あるいは小学生が参加しても全く構いません。
構わないどころか、ドシドシやっておきましょう。
受験は陸上競技と異なり、フライングし放題、かつフライング推奨です。
先月、本欄にて「ウルスラtype1の『挑戦』 〜県内最難関の私立高校の素顔〜」という題の原稿を書いていたときのことです。
参考資料にすべく、ネット検索をしていたところ、とある書き込みが目に留まりました。
それは、ウルスラtype1が「部活動なし。勉強オンリー」の学校生活を送る点を指して、「3年間勉強しかしない人間は、大学で使い物にならない」という趣旨のものです。
わたしは、過日、ツイッターにて、これを「ウルスラtype1の生徒さんに対する許しがたい侮辱であり、妄言・妄想」と記しました。
今回のコラムでは、このツイートに関連して、「正当な批判」と「誹謗中傷」について、わたしの考えるところを書くことにいたします。
まず、わたしのコラムは、第一義的に、わたしが担当している、あるいは、いつの日か担当するであろう生徒さんのご父兄に向けたものです。
よって、わたしは、ご父兄や生徒さんの視点に立って、書いています。
ですから、書くものとしては、できる限り、ご父兄や生徒さんを励ましたり、応援するようなものを記すように心がけています。
時によっては、ご父兄や生徒さんに苦言を呈することも出てきます。
が、「誹謗中傷」になるような言説は慎んでいます。
それゆえ、特定の学校あるいは集団を名指しして、侮辱するがごとき文章は、そもそも書こうという発想がありません。
これは別に難しいことではなく、社会人としての常識を持ち合わせていれば、常識以前の話です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回のコラムで述べたような、生徒さんに対する「誹謗中傷」が、言葉として出てくるかどうかというのは、結局のところ、
生徒さんやご父兄を「思う気持ち」があるかどうか
生徒さんやご父兄を、自分の理想の実現手段としてしかとらえていないかどうか
この点です。
わたしは、ウルスラtype1の生徒さんたちが、かなりキツい勉強に日々いそしんでいる姿が目に浮かびます。
受験学習と言うのは、孤独な戦いです。
自分自身をストイックな状態にし、コツコツと学習に打ち込む姿は尊く、また凛々しいです。
それは、わたしの生徒さんが、学習に打ち込む様子に通じます。
また、万が一にも受験指導に当たるわたしが、SNS上で、そういう生徒さんたちを辱めるような言葉を発していたとしたら.....
それを知った生徒さんやご父兄は、とても穏やかな気持ちではいられないはずです。
わたしが当該生徒や父兄なら、間違いなくそう感じます。
「正当な批判」と「誹謗中傷」の違いというのは、
生徒さんやご父兄を「おもんばかる心」があれば、それは「正当な批判」です。
生徒さんやご父兄を「おもんばかる心」がなければ、それは「誹謗中傷」にしかなりません。
わたしは、「正当な批判」はしても、「誹謗中傷」はしないよう、心がけています。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
わたしはこれまで、弊コラムにおいて、特定の学校を名指しして、批判をしたことがあります。
それは、生徒さんやご父兄の立場になって、「こうすべき、ああすべき」といったことです。
そして、それは学校の管理責任者に宛てたメッセージです。
その学校に通学する生徒さんやご父兄を非難した内容ではありません。
例えば、わたしは秀光中を名指しして、コラムを書いたことがあります。
「宮城・仙台での中学受験 〜 秀光中はお勧めできません わたしが体験したこと」というものです。
ここに書いてある内容は、すべてわたし自身が体験したことです。
このコラムは、実に長きにわたって、特に中学受験をお考えのご父兄が多く読むところとなっています。
秀光中から苦情が来たということはありません。
このコラムは、「正当な批判」であると考えています。
秀光中に通学する生徒さんを非難する内容ではありません。
学校側が、いかにデタラメな運営方針を取っていても、そこで頑張っている生徒さんはいます。
わたしは、現に、そういう生徒さんを教えていました。
その生徒さんのことを思って書いたのが、上記コラムです。
わたし自身、発言には気を付けているつもりですが、ご父兄や生徒さんをおもんばからない言葉を発してしまうことが、あるかもしれません。
そのようにならないよう、自らを律し、引き続き、「生徒さんガンバレ! ご父兄の方々ガンバレ!」という姿勢を保つようにしてまいります。
9日以来、「ウルスラtype1のコラムに関連して 〜『正当な批判』と『誹謗中傷』は違います〜」という題でコラムをアップしました。
その際、ウルスラtype1の生徒さんを指して、誹謗するような内容の書き込みがあったことを取り上げました。
このたび、この書き込みをされた方から、当方へご連絡がございました。
ご連絡の内容としては、あらまし以下の3点です。
(1)発言の内容については、不適切なものであった。
(2)発言した書き込みは、削除した。
(3)今回の件では、責任を痛感し、お詫び申し上げる。
わたしも当初は気づきませんでしたが、わたしが取り上げた書き込みは、6年前になされたものです。
ウルスラの記事を書くため、参考となるものを収集していたところ、たまたま当該書き込みがヒットしたというのが真相です。
今回、当該書き込みをされた方とやり取りしている際、その方の真摯な姿勢が伝わってきました。
そして、逆に、わたしがこういう立場になった場合、どうすべきか、どうあるべきかを、その方は精いっぱいの誠意をもって、ご教授くださいました。
わたしも、この方の誠実さを十分に理解し、これ以上、本件については、問題としないことといたします。
また、本件は、わたし自身が関わりのあることでもあります。
各所で種々の発言をしている身であり、細心の注意が必要であると痛感いたしました。
このたびの一件を頂門の一針として参ります。
中学の定期試験は、すでに始まっているところもあります。
仙台市内は、今週から来週にかけてです。
今回、焦点を当てたいのが、定期試験で5教科200点未満の中学生に関してです。
5教科200点未満と言うと、1教科30点台から下ということになります。
以前、本件に関しては、「公立中学の副教材ワークについて考える 〜5教科200点を取れない生徒さんがなすべきこととは〜」という題でコラムを書いたことがあります。
今回は、このコラムのリメイク版です。
主として、学校から与えられている副教材ワークの活用法を書きます。
ここで、わたしは、「ワーク三原則」を提唱します。
詳細は以下の通りです。
☆原則1 分かっているところだけをやれ
このクラスの生徒さんですと、「どこが分かっているやら、どこが分からないのやら、そこが分からない」という人がほとんどです。
一般的には、「分からないところをしっかりやりなさい」と受験関係者はアドバイスします。
しかし、200点未満という生徒さんは、これが全く当てはまりません。
むしろ、分かるところをしっかりやって下さい。
変に分からないところをやろうとすると、点が取れなくなります。
集中すべきは、「自分が分かるところ」です。
野球で言えば、ド真ん中直球だけを確実に打つことです。
無理なところは、バッサリ捨てましょう。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
☆原則2 分からない問題は解答を真剣に写せ
前回のコラムで述べた「原則1」では、「分かっているところだけをやる」と述べました。
それは、別の視点から申せば、「分からないところはパス」という意味です。
ただ、分からないところを空白のままにしていたのでは不十分です。
手元にある解答を真剣な気持ちで写してください。
解答を写すだけというのは、本来、勉強のうちに入りません。
しかし、5教科200点未満の生徒さんに、本来の意味での勉強をしっかりやれと言っても、それは不可能です。
であれば、やるべきことをやるしかありません。
もともと作業でしかない「解答丸写し」も、文字を書いていれば、少しは頭に入ってくる部分もあるでしょう。
それから、評価を下さる先生には、自分なりの誠意を示さなくてはなりません。
こうした課題を出す先生も、勉強の苦手な生徒さんに無理なことを要求している、くらいの認識は当然持っています。
「この生徒は、成績はともかくとして、まずまず頑張ってるな」と、先生に感じてもらうことが大切なのです。
特に男子は、乱雑に書かないよう注意が必要です。
この点、女子は、きちんとしている人がほとんどです。
字は上手でなくてもいいから、丁寧に書きます。
真剣に向き合えば、気持ちは先生に必ず伝わります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
☆原則3 とにかく期限まで提出せよ
5教科200点未満の生徒さんの場合、副教材ワークを提出しないという人が結構います。
やっている途中で、何が何だか分からなくなってきて、やるのも億劫.....
提出しなくとも、別に怒られないみたいだし、まあいいか.....
という図式です。
確かに、この副教材ワークを、彼らにやらせるのは、率直に申し上げてかなり無理があります。
学校側としても、工夫が必要だとは感じます。
が、だからと言って、それは課題をやらない理由にはなりません。
ましてや、普段のペーパー試験では、好成績を上げられないわけです。
であるなら、課題を提出しないという選択肢は存在しません。
前のコラムでも述べましたが、やれることはすべてやらなくてはなりません。
そして、こういう生徒さんに限って、高校入試のときに、「私立推薦で行きたい。だから、学校推薦をお願いします」などと要望したりするのです。
わたしから言わせると、「寝言は寝て言え」
課題もまともに提出できない者に、高校入試を受ける資格はありません。
高校に行きたかったら、まず学校の課題に取り組むべきです。
学校の先生方は、一人一人の行状をしっかり見ています。
今まで述べた「ワーク三原則」を基に、上手に副教材ワークと渡り合ってください。
ときどき受験関係者がお書きになったブログ等を、後学のために拝読しております。
その際、塾長さんあるいは責任者の方が、担当生徒さんに対して、怒りを表したり、教育的指導をしている場面に出くわします。
それを読むと、「ああ、やっぱりこういうところで怒ってるんだな.....」と納得します。
つまり、受験関係者の「怒り」のツボは、だいたい同じです。
生徒さんからすると、受験指導をいただく先生方が(怒)(怒)(怒)!!!となる事態は、避けたいに違いありません。
今回は、受験関係者の「怒りのツボ」を2点記します。
第一点目は、「『してはいけないミス』を同じように何度も繰り返す」ことです。
この「してはいけないミス」というのは、生徒さんによって違います。
受験関係者は、指導をするに当たり、生徒さんの成績、潜在的な実力、志望状況を把握しています。
そこで、「このくらいの成績、潜在的な実力があるなら、これはできてほしい。できていなくてはダメ」という基準があります。
その基準を下回ってしまうようなミスがあったとき、(怒)(怒)(怒)!!!となります。
ですから、同じミスをしても、「まあ、仕方ないか.....」で終わる生徒さんもいれば、(怒)のスイッチONになる生徒さんもいます。
これは生徒さんそれぞれの実力が違うのですから、当然です。
受験関係者としても、やみくもに怒りを爆発させているわけではないのです。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
第二点目は、生徒さんが嘘をついたときです。
特にそれは、課題がらみに関して起こります。
この場合の「怒りスイッチ」の大きさは、前回述べた物の比ではありません。
典型的な例は、
「実は課題をやっていないのに、やったものを学校に忘れてきたという」
「解答を丸写しして課題をやってきたことにする」
この2つです。
「実は課題をやっていないのに、やったものを学校に忘れてきたという」場合については、ホントにそういうこともあるでしょう。
しかし、かなりの確率で、それは自身の怠慢を取り繕うための方便でしかありません。
塾の先生によっては、学校に取りにいかせたり、その場でその課題が終わるまで、居残りをさせるということをなさっているようです。
わたしのように家庭教師という指導体制を取る場合、そのような措置を取るのはシステム上、困難です。
よって、そのような言い訳は認められない旨を告げ、今度同じことがあった場合は、ご父兄に報告すると伝えます。
「解答を丸写しして課題をやってきたことにする」というのは、論外です。
疑わしい場合は、似た問題を再度解かせます。
「これは絶対にやっていない!」と確信した場合は、容赦なく(怒)(怒)(怒)!!!となります。
当然です。
このように書いてみると、受験関係者の「怒りスイッチ」には、客観的な理由があります。
生徒さんたちは、上記をよくわきまえて分別ある行動をとってほしいです。
怒りたくて怒っている受験関係者はいませんから。
今回は、「入学試験と結婚生活」という題で、本欄を記すことにいたします。
「入学試験と結婚生活? 突然何で?」と、お感じになった方もいらっしゃるかもしれません。
とにもかくにも、しばしの間、お付き合いください。
いきなり私事で恐縮ですが、家内とは縁があって所帯を持ち、すでに20年以上になります。
その間、結婚式の祝辞ではありませんが、「照る日もあれば、曇る日もある」といった感じでした。
ちょっと前、結婚記念日を過ぎて、過去を顧みたとき、
「考えてみると、入試と結婚生活って、似たところがあるなあ」
と感じたときがありました。
その「似たところ」というのは、「合格の日、あるいは、挙式の日がその絶頂。その後は、現実の生活が待っている」というものです。
このごろは、結婚式を挙げない、あるいは、結婚前から一緒に生活をしているという夫婦もいます。
よって、「挙式の日が絶頂」というのは、必ずしも当てはまらないかもしれません。
ただ、挙式という宴が終われば、次は「宴の後=二人の生活」です。
洗濯物の畳み方、味噌汁の味付け、お風呂の使い方など、ひとつひとつ細かな決め事をしていかなくてはなりません。
そこに待っているのは、「現実の暮らし」です。
目新しく、楽しいのは、せいぜいが3か月くらいでしょうか。
とにかく、「現実に暮らしていかねばならない」という点が最優先です。
そして、お互いに所帯じみてきます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「現実の生活が待っている」という点は、入学試験後の流れも同じです。
第一志望の中学、あるいは、高校の入学試験に合格したときが、受験生本人にとっても、また、ご父兄にとっても「絶頂」です。
しかし、入学後には「現実の学校生活」が待っています。
入学すれば、試験もあり、また席次も発表されます。
入学試験も競争なら、入学後も競争です。
わたしが今回最も申し上げたいのは、「入学試験に合格し、絶頂を経験しても、入学後の学校生活はどうするか、どうなるか」ということを、よく考えるべきであるということです。
男女が結婚に至るには、「ホレた、ハレた」という過程が必要です。
しかし、現実に生活していくには、「ホレた、ハレた」だけでは、どうにもなりません。
10代後半から20代前半にかけての離婚が多いのは、結局、結婚後の「現実の生活」が立ち行かなくなるからです。
同様に、入学試験に合格することだけを考えて、その後のことを顧みなければ.....
学校とのミスマッチ、授業について行けない、などの問題が起こりえます。
この点、実は、ご父兄にとっても、盲点になりがちなところです。
今回、「入学試験後の学校生活」を説明するのに、たぶん、結婚生活との共通点を説明すれば、より問題の重要性が理解していただけるのではないかと考えました。
そこで、このたびの表題と相成ったわけです。
わたしの説明、分かりやすかったでしょうか?
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この時期には、当地の多くの中高校で、中間試験が実施されます。
わたしの場合、これから試験という生徒さんもいれば、終わった生徒さんもいます。
この定期試験については、特にこの季節になると、受験関係者の間で、ある神学論争が繰り広げられます。
それは、特に中学生に対して、同時期に実施された定期試験の過去問を与えるべきか、与えざるべきかというものです。
賛成派の方は、「とにかく点数を取らせることが重要。ご父兄・生徒さんも望んでいる」と主張します。
反対派の方は、「ドーピングみたいなもので、結局は本人のためにならない」と主張します。
わたしの考え方は、「当該生徒さんの成績を考慮し、使い方による」というものです。
この点に関しては、「中学校定期試験過去問をやらせる塾は八百長」なのか? 〜定期試験の過去問を考察する〜と題したコラムで述べました。
今回は、上記コラムで言及しなかったことを2点記すことにいたします。
第一点目は、生徒さんに定期試験の過去問を与えることで、ほんとうに点数が上がるのか、という点です。
過去問を与えていなかった場合に比べて、与えたときは、塾内の平均点や順位が、具体的にこれだけ上がったというデータがほしいところです。
しかし、なかなかそうしたデータはお目にかかれません。
常識的には「ないよりはあったほうが効果がある」のでしょう。
とはいえ、それがホントなのか、常識に反する事実があるのか、大いに興味が湧きます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
次に第二点目です。
仮に過去問の効果があったとします。
しかし、それはほんとうに過去問演習によるものなのかどうか、疑問の残る点があるということです。
公立中学の場合、出題する先生や地域によって、確かに問題の難易度にバラツキはあります。
例えば、仙台市中心部の中学と、そこから離れた地域の中学では、難易度が必ずしも同じではありません。
生徒の習熟度が違っているからです。
一般的に、仙台市中心部のほうが、習熟度の高い生徒は多いです。
とはいうものの、どちらも公立中学です。
進度や履修内容に大きな違いはありません。
とすれば、いくら難易度にバラツキはあっても、「常識・想定の範囲」に収まっています。
仮に、過去問演習で、定期試験の成績がほんとうに改善されているデータがあるとします。
それは、プラシーボ効果という可能性もゼロではありません。
言い換えると、「過去問をやっている」「これを繰り返しやれば成績が上がる」という、生徒さんの安心感(もしくは思い込み)が、学習に対する志気を高めているというものです。
公立中学の定期試験に関しては、学校の副教材ワークを適切なやり方で解いていけば、高得点が取れる仕組みになっています。
もちろん、難問が出題されることもあります。
それができるかどうかは、日ごろの学習が出来不出来を左右します。
定期試験の過去問効果はあまり期待できません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回のコラムで、「プラシーボ効果」のことを述べました。
これは、医療の場で偽薬を処方しても、患者が薬だと信じ込むことで何らかの改善がみられることを言います。
定期試験の過去問も、これに近いのではないかと考えます。
中学生が塾・家庭教師の先生から、「これは去年の定期試験の過去問です。だから、これを使って、しっかり勉強してね」と言われたとします。
彼らは、それを基に、喜々として勉強にいそしむでしょう。
そして、成績は改善するでしょう。
特に学習の苦手な生徒さんが、範囲を絞った形で、繰り返し演習するのは、それなりに効果があります。
何しろ、副教材ワークと違い、テストとしての雰囲気が、答案のいろんなところからにじみ出ています。
そして、他校の過去問や、副教材ワークの切り貼りといった「ニセ過去問」を「あなたの学校の過去問です」とウソをついて、生徒さんに与えたとしても、たぶん、似たような「成績アップ現象」が現れるのではないでしょうか。
言い換えると、成績アップの原因は、過去問そのものでなく、いつも以上に熱心に学習するからではないでしょうか。
もとより、過去問でもないものを、「過去問です」と偽って、生徒さんに配るような、人の悪い受験関係者はいないでしょう。
「成績を上げる」という観点からすれば、教材は、定期試験の過去問でも、他校の過去問でも、ワークの切り貼りでも、差し支えないと考えます。
副教材ワークの章末にあるまとめの問題は、「定期試験の過去問」そのものと言ってよいです。
これをやり込むことが、「過去問演習」になります。
本日現在の指導枠空き状況は以下の通りです。
お問い合わせをくださる方は、以下をご参照ください。
☆平日
原則として、14時以前あるいは22時以降のみ受け付けております。
詳しくは、お問い合わせください。
☆土曜・日曜
空きがございます。
お住まいの場所の関係で、指導のできない場合がございます。
詳しくはお問い合わせください。
☆夏休み期間の予定
追加指導、 短期指導のご依頼を承っております。
短期指導のお申し込みがあった分については、すでに日程を確定しました。
それ以外に、日程未確定の案件もあります。
ご希望の方は、ご連絡ください。
お盆期間の学習会は、8月15日(木)・16日(金)を予定しています。
開催場所、指導料等は追ってご案内いたします。
指導に当たって、当方は、特に次のような生徒さんの力になれます。
1.大学受験、赤点対策を希望する高校生
2.二華・青陵・附属など中学受験を予定する小学生
3.通塾しても、成績がなかなか上がらない中学生
中学受験を予定している小学生をお持ちのご父兄からのお問い合わせが、先月来2件ありました。
このところ、特に多くなっているように感じます。
指導をお引き受けするに当たりましては、唯一の条件が次の通りです。
「生徒さんが、菊池の指導を受ける意思があること」
「うちの子供は、全くやる気がありません。何とかやる気の出るようにして下さい」というご依頼は、申し訳ございませんが、ご辞退いたします。
「菊池が指導をしよう! 生徒さんも指導を受けよう!」という両者の気持ちがあって、初めて指導は成り立ちます。
現状の成績については、一切問いません。
合格実績をご覧になりたい方は、当方の合格実績のページをご参照ください。
また、過去5年間の合格実績一覧もご参考にどうぞ。
引き続きよろしくお願いいたします。
高1生は、高校入学後、初めての中間試験の時期になっています。
専ら関心はこの中間試験でしょう。
一方、中間試験から程なくして、多くの高校ではベネッセ主催の進研模試が行われます。
この進研模試は、中学時代に受験した、みやぎ模試、ぜんけん模試など、高校入試を目的としたものとはかなり勝手が違います。
今回は、高1生が初めて進研模試を受験するに当たって、データ上の観点から、何点か申し述べることにいたします。
まず、この進研模試は、国数英3科目で実施されます。
そして、みやぎ模試などと比べて「かなり難しい」です。
以下、昨年同期のデータを示します。
進研模試の県内受験者数 10,371人
県内の高1生 約19,000人
受験率 52.6%
ちなみに、みやぎ模試が中3で実施する1月度の受験者数が、約10,000人です。
だいたい受験者数は、みやぎ模試と同じくらいです。
次に、今春実施した公立高校の後期選抜入試と、昨年同期に実施された進研模試の平均点(宮城県分)を比べてみます。
<公立高校後期選抜>
3教科平均57
国語67
数学46
英語59
<進研模試>
3教科平均35.2
国語42.9
数学30.3
英語32.5
公立高校の後期選抜は、かなり低得点を取っている生徒も含んでいます。
進研模試の場合、そういう層の生徒は、受験をしていないものと思われます。
そういう人たちを除外して、なお、平均点がこうです。
わたしがいう「難しさ」が理解していただけるのではないでしょうか?
(次回に続きます)
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(前回の続きです)
学校ごとの平均点は以下の通りです。
以下の数字は、各方面より入手したものです。
一部、推計を含みます。
二高(偏差値68)60点台半ば〜後半
一高(偏差値66)60点台前半
三高(偏差値63)50点台後半
宮一(偏差値61・60)50点台前半
ウルスラtype2(偏差値57)で、平均点が40点台前半です。
ここから推定されるのは、仙台高校、富谷高校、多賀城高校など、偏差値50前後の学校で、取れる点数が30点台半ば〜40点くらいです。
偏差値が40台半ば〜50に満たない高校ですと、10点から20点辺りでしょう。
ということは、偏差値45に達しない高校の場合、1ケタの生徒が続出しているものと推定されます。
よって、進研模試を、みやぎ模試や進学プラザ系列で実施されている模試のつもりで受験すると、確実に心が折れます。(笑)
特にナンバースクールに進学した人は、「大学入試のレベルとは、かくも高校入試と違うのか.....」と実感するはずです。
これは、わたしが本欄で、今までも繰り返し触れてきたことです。
それがいよいよ現実のものとなります。
ご父兄も、以上のような点を踏まえ、子息が高1になって「これまで取ってきたこともないような点数」になってしまうことにビックリなさらないで下さい。
「高校入試は県大会、大学入試は全国大会」という「事実」が、この模試を見ただけでもお分かりになるのではないでしょうか。
再来年の2021年より、大学入試は大きく変わることになります。
それは、今まで行われてきたセンター試験に代わり、大学入学共通テスト(以下、「新テスト」と記します)が実施されます。
これまでわたしは、ツイッターで、新たに行われる「新テスト」を痛烈に批判してきました。
そして、センター試験のままにすべきであると主張してきました。
わたしのツイートをお読みのご父兄は、
「あまりよく分からないけれど、菊池があれほど批判してるっていうことは、きっとあまりよくないものなんだな」
という印象をお持ちになったのではないでしょうか。
今回のコラムでは、「新テスト」の問題点および対策を述べることにいたします。
まずは、「新テスト」への対処法です。
わたしが考える対処法は、「これまで通りの学習をコツコツ続ける」というものです。
後で述べますが、センター試験から「新テスト」に移行するに当たっては、問題の傾向や形式の変更があります。
これは、「新テスト」実施に先立って行われた「試行テスト」に見て取れます。
この形式変化が、受験生の不安を最も掻き立てるところです。
しかし、腕っこきの業者さんや予備校の先生方が、「対策問題集」や「対策用模試」をきちんと用意してくれます。
それに従って、適切に学習し、かつ相応の能力があれば、合格点に達します。
この点、「対策問題集」「対策模試」を信じて下さい。
大丈夫です。
安心してください。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
では、「新テスト」の問題点とは、どういうものなのでしょうか。
わたしが考える問題点は以下の2点です。
(問題点1)国語・数学に記述式問題が出題される。採点は民間業者が行う。
(問題点2)英語の試験は民間資格試験で代用する
まず(問題点1)について詳しく述べます。
現在行われているセンター試験は、記述式問題がありません。
すべてマークシート方式です。
今年1月のセンター試験受験者は、57万6千人です。
この方法ですと、コンピューターにより、これほど大量の受験生の答案を、極めて正確かつ公平に採点できます。
試験終了後には、すぐに大学入試センターから正解と配点が発表されます。
それゆえ、受験生は、自己採点をして、自分の得点を正確に把握できます。
一方、このたび実施する「新テスト」には、マークシート方式に加え、記述式が課せられます。
その採点をするのが、民間業者だというのです。
マークシート方式ならともかく、57万6千人分の記述式問題の採点を、民間業者が果たしてできるのでしょうか?
できたとしても、採点の公平性は保てるのでしょうか?
模擬試験ならともかく、我が子の一生を左右する入試の採点を、民間業者に任せて大丈夫なのでしょうか?
こういうシステムなら、今のセンター試験のほうが、よほどマシなのではないでしょうか?
わたしが常々「現行のセンター試験を継続すべし!」と申しているのは、そういう理由からです。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
次に、前回で述べた(問題点2)に移ります。
ここで「英語の試験は民間資格試験で代用する」とあります。
正確に言うと、2021〜2024年までは、大学入試センターが実施するテストと民間資格試験の両方を受験する必要があります。
この年代に当たるのは、現在の高2〜中3が大学受験をするときです。
そしてそれ以降は、民間資格試験に一本化される予定です。
ここでいう民間資格試験は、英検・TOEIC(トイック)・TOEFL(トフル)などです。
これらは、目的も違い、試験が違います。
となれば、受験の際に最も大切な公平性が保たれません。
そして、東大・京大・北大・東北大は民間資格試験の活用をしない方針です。
現在のセンター試験では、「読む・聞く」が試されます。
それに加えて「話す・書く」が必要なので、この分を民間資格試験で補うというのがお上の考えです。
さらに、その民間資格試験の活用法は.....
「一定以上の成績を出願資格にする」→「一定以上であれば、何点取っても点数は関係なし」
「高校が本人の英語成績証明書を出せばOK」
という大学が国公立83校のうち、約半数の48校を占めます。
「いったい、何のために民間資格試験を受けるの?」
「公平性が保てないのでは?」
「じゃあセンター試験のままでいいんじゃないの?」
と考えるのが、普通の人の感覚なのではないでしょうか?
(次回に続きます)
(前回の続きです)
わたしがこの場でこのようなことを書いても、所詮はごまめの歯ぎしりです。
お上はこれまでの予定を変えず、粛々と「新テスト」へ突き進むでしょう。
わたしはこれまでお上が「改革」の美名のもと、「改悪」にしかならないシロモノを随分と目の当たりにしてきました。
しかし、今回の「改革」は、信じがたいほどひどいものです。
センター試験に比べて、「試験の公平性」そして「採点の迅速性」が大幅に低下してしまいます。
わたしが、口を極めて「新テスト」を批判するのは、現行のセンター試験より負担が大きくなるからではありません。
「公平性」と「迅速性」が失われてしまうからです。
受験関係者として身も蓋もない言い方をすれば、試験のシステムが不安定になればなるほど、カネ儲けができます。
ですから、わたしは、余計なことを言わず、黙っていればいいのかもしれません。
さはさりながら、わたしは、受験を控える生徒さん、そして彼らを見守るご父兄と日々接しています。
わたしのような「一寸の虫」にも、「五分の魂」くらいはあります。
これほど問題だらけの「新テスト」を、生徒さんやご父兄の下にさらすわけには行かないのです。
これは受験を生業としている、わたしのプライドの問題です。
この「新テスト」が実施されれば、「センター試験のほうがよかった」「どうしてこんなことになってるの?」という声が続出するでしょう。
わたしとしては、「新テスト」の傾向が、センター試験と変わっても、記述式と英語の民間試験さえ取りやめてくれれば、文句はありません。
一縷の望みを抱きつつ、2021年の「新テスト」元年を迎えることにします。
最近、ある塾長様がお書きになったブログで、同業他社の「解約時のしづらさ、面倒さ、理不尽さ」を取り上げていました。
それによると、途中解約時には、翌々月分までの指導料を徴収するところがあるのだそうです。
わたしからすると、随分と理不尽なように見えます。
だいたい、途中解約するというのは、ご父兄がその会社に、何がしかの足らざるところ、満たされざるところを感じたゆえの行動です。
ですから、解約に当たって、翌々月分までの指導料を請求されるというのは、余計に血圧が上がってしまいます。
わたしが新規に契約を結ぶに当たり、ご家庭に対する説明で心掛けているのは、「契約終了の際にどうなるのかを懇切丁寧に説明する」ということです。
一般的に、契約を結ぶ際には、解約のことまで深く考えません。
しかし、解約時にどうなるかは、非常に重要です。
ちなみに、菊池との契約の場合は、未払い分の指導料のみが発生します。
解約金等は一切発生しません。
これ以上シンプルにできないほど、明朗会計にしています。
そして、月中での解約も可能です。
わたしの担当しているご家庭の場合、きちんとしたご家庭がほとんどです。
これまで、解約の際の金銭にまつわるトラブルは一切ありません。
これは、ありがたいことだと感じています。
規模が大きくなると、いろいろな問題が発生します。
それもこれも、フリーランサーの強みです。
ゾウよりアリのほうが、強みを発揮できることだってあるのです。
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