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先日、「高校受験ナビ」というサイトを検索していたところ、去る4月に仙台一高へ入学したという新入生の書き込みがありました。
内容はあらまし次の通りです。
〜入学後の実力試験の数学で赤点を取ってしまい、勉強をする気が起きなくなってしまった。
応援歌練習や友達関係のことを考えると、この先、不安だ。
それから4日後にまた書き込みがあり、
〜実力試験の数学の赤点のことは、自分の中では解決しているし、きちんとしなくてはいけないと考えている。
友達もできて、授業にはついて行けるようになっている。
ただ、数学や理科の授業が始まると、自分の意思と関係なく涙が出てきたり、手が震えて、動悸がするようになった。
これを読んだとき、わたしは「ああ、出てしまったか.....」と感じました。
こういう人が出ないようにと、先般、
「仙台一高 入学後の心得 〜新入生へに向けて先輩が語ります〜」
「仙台二高 入学後の心得 〜新入生へに向けて先輩が語ります〜」
というコラムを書いたつもりです。
わたしとしても、こういう書き込みを見ると、身につまされて、いろいろと考えるところがあります。
そのページに自分の考えを書こうとも思いました。
しかし、2週間近く日数が経過していること、こうした人がほかにもいる可能性があることを考え、コラムでわたしの考えるところを述べることにします。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
まず、「数学で赤点を取ってしまった」というのが、相当大きなショックだっただろうことは想像できます。
一高に入学できたくらいの生徒さんです。
試験で40点取れない、などということは、これまでなかったはずです。
わたしもそうですが、初めて経験することや予想もしないことに遭遇すると、人間だれしも動揺します。
ですから、「初めての赤点」の気持ちはよく分かります。
しかし、ちょっと周りを見渡せば、「実のところ、赤点は自分だけではなかった」ということが分かるはずです。
周りは一見すると、平静を装っています。
が、「腹の中では泣いている」人たちが少なからずいます。
入学前の周りの大人たちや自分自身のことを思い出すと、つい先日のことが、遠い昔のように感じてしまっているかもしれません。
一高では、これから先、数学の小テストで苦しめられることが多いはずです。
名前は「小テスト」となっていますが、難しさはかなりのものです。
平均点が30点台などというのがざらに出てきます。
わたしだって、あの制限時間で、あれほどの問題をすべて解き切るのは絶対に無理です。
数学の先生も、それを十分分かった上で問題を作成しています。
相当昔の話になりますが、わたしのいとこが、約半世紀前に一高にいたとき、3年生の最後の数学の実力試験の平均点が100点満点で8点だったそうです。
その当時は、一高が抜きんでて県内最難関だった時代です。
一高の数学のテストには、そういう伝統が脈々と受け継がれています。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
仙台一高における数学の厳しさは、こちらで語られた通りです。
では、現状を少しでもよい方向に持っていくにはどうしたらいいのか.....
これは自力で何とかするしかありません。
学校のほうからは、あれをやれ、これをやりなさい、と言われているはずです。
ただ、もし自分の理解に穴があるとしたら、教科書ガイドを購入して、分からないところの教科書の問題を解いてみてください。
1回解いて終わりというのではなく、できれば3回くらい同じ問題を繰り返してできるといいと思います。
他の科目の予習や復習もあるし、課題もあるしということで、なかなか3回も繰り返す時間はないかもしれません。
ただ、そういう生徒さんに、いま最も必要なのは、「何とか乗り越えられる」という自信です。
逆に言うと、自信がなくなってしまうことが、一番怖いのです。
「3回繰り返す」ことで、自信は何らかの形で回復します。
「3回繰り返したんだから!」と、自分で自分を納得させることができます。
また、最初に話題に出した新入生のように、体に変調をきたすようであれば、ご両親に相談し、心療内科などプロの手を借りるという方法もあります。
一高や二高の入試を突破した人であれば、それだけで精神力はたくましいはずです。
今後3年間、どうなるかは、入学したこの時期の「ほんのちょっとのこと」「ほんのちょっとの差」が大きく左右します。
周りを見ると、みんなができそうに見えるかもしれません。
しかし、あなたならきっと乗り越えられるはずです。
あの厳しい高校入試を突破したあなたなら.....
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今日は5月4日で、ゴールデンウイークの真っただ中です。
わたしはほぼ通常通りに仕事をしています。
生徒さんは部活動に励んだり、あるいは休みを満喫しています。
宿題に取り組んでいる人もいます。
受験関係者もだいたい、この時期はゆっくり体を休めています。
そんな中、今回はアマノジャク気分で、「そもそもなぜ高学歴の人が重用されるのか」について、考えてみることにいたします。
わが国は東大を頂点とした「学歴社会ピラミッド」になっています。
このことは、今さら説明するまでもないでしょう。
その中で、「上位」とされた学校を卒業すれば、いろいろと「得なこと」があります。
「得なこと」は、上に行けば行くほど多くなります。
「では、それはなぜなのですか?」と問われたら、これをお読みのご父兄はどのようにお答えになりますか?
「え? なぜって.....」
「明治以来この方、ずっとそうなっているから.....」
「上に立つ人がおバカさんでは困るなあ.....」
「一生懸命に勉強してきた人に対するご褒美かも?.....」
答えはいろいろでしょう。
もちろん、これにはこれという明確な答えがあるわけではありません。
そこで、今回は社長とか、課長とか、そういう「人を使う立場にいる人」の気持ちになって、このことを考えてみることにします。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「人を使う立場の人」が、一般論として、学歴の高い人を重用するのは、理由があります。
その理由の一つに、学歴の高い人は、そうでない人に比べて、仕事がより正確である点が挙げられます。
使う人の立場になると、「部下に仕事を任せる」というのは、リスクが伴います。
自分のミスは自分の責任になります。
が、部下がミスをした場合、「管理不行き届き」となります。
自分のしたことでもないのに、自分が責任を取る羽目になってしまうのです。
そうなれば、部下に求めるのは、「仕事の正確さ」です。
99%は正しくても、ちょっとした間違いがたった一つあっただけで、重要な取引がすっ飛んでしまう、などという話は世間にいくらも転がっています。
ミスばかりする部下には、安心して仕事を任せることはできません。
そうなれば、「人を使う立場の人」が求めるのは、おのずと「仕事を正確にこなす人=学歴の高い人」になります。
実際、現場で指導をしていても、高得点を出す生徒さんというのは、文章を正確に読み、解答する力が優れています。
そして彼らは、「間違いの少ない人」です。
受験というのは、「得点を取る」ことよりも、「間違いを少なくする」ほうが高得点となります。
その点において、「人を使う立場の人」の求めにピッタリと合っています。
そうなれば、彼らが重用されることにも合理的な理由があります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「学歴の高い人が重用される」ということは、この場合「逆もまた真なり」です。
学歴が高くなければ、重用される確率は低くなります。
会社などの組織は、利益を出すことが目的です。
慈善事業をやっているわけではありません。
ある人の処理能力が高くないとなれば、できることは限られてきます。
上司の指示を理解し、実践するには、相応の国語力を必要とします。
その際、上からの指示というのは、必ずしも具体的だったり、親切だったりするわけではありません。
かなり大雑把ということが多いのです。
学校にいるときには、「分かりませんでした」「できませんでした」で済ませることがある程度できます。
しかし、実社会に出れば、なかなかそういうわけには行きません。
そこで思い出したのが、以前の指導であった一幕です。
それは、ある中3生、だいたい定期試験で5教科合計100点を超えるかどうか、という生徒さんへの指導でのことです。
どの教科だったかは忘れましたが、「ここに書いてある数字を、大きい順からここに並べて書いてください」と指示を出したことがあります。
ところが、その生徒さんは、ペンを持ったっきり固まっています。
その生徒さんが聞こえなかったと思って、もう一度同じことを言ったところ、反応は変わりません。
いろいろ尋ねてみると、「大きい順に」という言葉を理解していないことが分かりました。
そこでわたしは、「大きい順に」の意味を説明しました。
そして、具体的に「こうして、ああして.....」と、やってみせ、ようやくその生徒さんは「大きい順から数字を並べて書く」ことができました。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回述べた生徒さんは、中3という時点で、指示を理解する力がお伝えした通りということです。
今後、改善の余地はあります。
しかし、実社会に出た場合、こういう生徒さんが、「人を使う立場の人」になって、業務をつかさどるというのは難しいのではないでしょうか。
「学歴の高い人=仕事のできる人ではない」というのはよく耳にします。
実際その通りです。
では、「学歴の高くない人=仕事のできる人」かと言えば、決してそんなことはありません。
会社としては、人を採用するとき、極めて短時間に、その人となりを見極めて、採用か不採用かを判断しなくてはなりません。
となれば、そのときの基準となるものは、「誰が見ても分かりやすい基準」になります。
そうした意味で、学歴というのは、「誰が見ても分かりやすい基準」です。
会社としては、採用時、失敗をしたくないはずです。
仮に仕事がメチャクチャで、コミュニケーション能力のない東大卒の人を採用してしまったとしましょう。
そして上からその失敗を追及された場合、「東大卒だから採用しました」という言い訳をすることができます。
しかし、「学歴の高い人」を採らずに、わざわざ「そうでない人」を採用して、業務に支障をきたすようになったら、採用するほうとしては、弁解のしようがありません。
となれば、「無難なほうへ流れる」すなわち「できれば高い学歴の人を採る」のが世の常です。
以上は、生徒さんが学校の中で、なかなか知ることができない「実社会の現実」です。
5月4日に配信した「動画で雨か嵐か」でお伝えした通り、毎年恒例の仙台一高・二高硬式野球定期戦が開催されます。
動画がきちんと表記されない場合は、こちらから
開催要項は以下の通りです。
日時: 5月12日(土)
開会式: 12:15
試合開始:13:00
場所:楽天生命パーク宮城
雨天中止時は,翌13日(日)に同じ時程にて 開会式は、12:15、試合開始は13時ということになっていますが、午前中から球場の前で両校によるイベントがあります。
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わたしが現役学生のころは、こういう催しはありませんでしたが、いつごろからか行われているようです。
また5月10日(木)には、定期戦を宣伝するための行進が行われます。
これを一高はアピール行進、二高はPR行進と呼びます。
その様子が↓です。
動画がきちんと表示されない場合は、こちらから
配信した動画でも申し上げましたが、この定期戦は「単なる野球の試合」ではありません。
特に新入生にとっては、入学直後から始まった応援練習の総括です。
「応援練習が大変」
「何のためにこういう練習を?」
そうした声も耳にします。
それは、わたしが現役学生のころからすでにそうした声はありました。
しかし、実際に行進に参加し、相手を目の前にしたとき、その疑問は解けるはずです。
二高においては、この定期戦を経験して初めて「二高生」とみなされます。
そして、中学の制服を着用しての登校からめでたく卒業となります。
一高・二高を志望する方や、そういう子息をお持ちのご父兄も足を運んでみてください。
よいきっかけになることでしょう。
「子供は個別指導塾に通っていたんですが.....」というご家庭からお問い合わせの来ることがあります。
この場合、だいたいは「成績が上がらなくて、家庭教師のほうに切り替えてみようかと....」と続きます。
個別指導塾にもいろいろあります。
だいたい講師:先生=1:2というところが多いです。
たまに1:1、あるいは1:3という場合もあります。
最近出てきた自立型というときもあります。
こういう生徒さんは、だいたい次のようなパターンであることがほとんどです。
(1)公立小中学校で平均点が取れていない。中学の定期試験5教科で200点プラプラかそれ未満
(2)志気が今一つ、あるいは限りなくゼロに近い場合もある
(3)そこそこ長期間にわたって通塾している
その中でも多いのが、ある全国規模の個別指導塾です(以下、これをAと記します)。
Aを経由してくる生徒さんの場合、「これだけ通っていて、なぜこういうホントに基本的なところがメタメタなんだろう???」と思うこともしばしばです。
また、課題を出されて、やってこなくとも、怒られたり、とがめられたりすることは一切ないのだそうです。
「とにかく優しく接して、退塾させないようにする」という雰囲気だけは十分に伝わってきます。
しかし、怠ける生徒のご機嫌取りばかりをしているようでは、成績は上がるはずがありません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
Aの場合は、自分から質問をしたり、積極的にアクションを起こしていかないと、「ただ通っているだけ」になってしまうようです。
前回のコラムで指摘したような生徒さんは、「どこが分からないのかが分からない」という場合がかなりあります。
そのため、どうしても放置されてしまいがちになります。
この点に関しては、わたしも学習会などで複数の生徒さんを指導していると状況が分かります。
いくらわたしが平等に接しようと思っても、積極的に質問をしてくる生徒さんには勢い多く時間を割くことになります。
ちょうど、ひな鳥に餌を与えるツバメと同じです。
大きく口を開けて親にアピールするひな鳥は、きっと他の兄弟よりも餌を多くもらえているでしょう。
であれば、放っておかれて、なおかつ「優しく接して退塾させないように」された生徒さんたちがどうなるか.....
ほぼ予想がつきます。
ここで最も憂慮するのが、「塾からの課題をやらなくなる」ことです。
受験関係者からの課題は非常に大切です。
痩せようとしてジムに通っても、家で甘いものを食べたいだけ食べたり、暴飲暴食を繰り返していては痩せるはずがありません。
勉強もそれと同じです。
塾にいる間だけ学習をしても、自宅でノラクラしていては、成果は出ません。
だいたいこのような生徒さんは、学校の課題もまともに取り組まないこととセットになっています。
それゆえ余計に事態は深刻です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「課題をやらなくなる」という人にも大別して2タイプあります。
一つのタイプは、「課題というのは、やらなくてもいいものである」と学習してしまった人です。
もう一つのタイプは、とがめられないのをいいことに、ついついやらなくなったという人です。
こういう人は、一応、課題はやらなくてはならないものだという認識はあります。
いずれのタイプにしても、現状のままでは何も変わりません。
受験関係者から見た位置づけとしては、「月謝を納めてくださるだけのご家庭」です。
現状を何とかしたいというのであれば、他の個別指導塾に行くとか、家庭教師につくとか、環境を変える必要があります。
前者のように「課題というのは、やらなくてもいいものである」と学習してしまうと、これを矯正するには少なく見積もって半年以上はかかります。
その間、成績の向上については、期待しないほうがよさそうです。
だいたいこういう生徒さんですと、やる気が限りなくゼロに近いか、何とか指導できるというレベルです。
わたしは、やる気がゼロという生徒さんはお引き受けしません。
が、何とか指導できるというレベルで、本人がこれまでを悔い改める意思表示をした場合は引き受けます。
その際、学習の習慣づけに最低半年かかることや、その間、成績の向上はあきらめていただきたい旨を当初から伝えます。
それらをご父兄や生徒さん本人に了承していただいた上で、指導を開始します。
ただ、こういう風にご父兄・生徒さんの言質を取ってはみても、時を経ずして指導終了となるケースは少なからずあります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回のコラムで述べた「とがめられないのをいいことに、ついついやらなくなる」という場合は、「課題はやらなくてもいい」と学習した人に比べて、まだ軽症です。
こういうケースですと、「課題をしっかりやる。日々の学習のリズムを体得する」というまでには、最低3か月は必要と考えています。
いま申したのは、「最低3か月」ということであり、多くの場合、3か月〜半年の間です。
その間、当然のことながら、成績を上げることは「考慮の外」です。
「え? そんなにかかるの?」とお感じになるご父兄もいらっしゃるかもしれません。
しかし、ここでよく考えてみてください。
こういう生徒さんたちにとって、学習の習慣をつけるということは、生活習慣を変えることと同義語です。
ここで、次のような例を出すことにします。
「ダイエット、来月までマイナス3kg!」と、ある日ある時、意気込んで決断し、ジムに入会したとします。
そこで、担当のトレーナーから「明日から間食、甘いものは一切控えてください。そして毎日30分は最低歩いてください」と言われたらどうでしょうか?
ウォーキングくらいなら何とかできても、おいしそうなケーキを目の前にしての「甘い誘惑」を断ち切るには、相当の覚悟が必要なのではないでしょうか。
課題をやろうとしない、あるいは学習の習慣のない生徒さんが、学習の習慣をつけるということは、そういうことなのです。
これは簡単にできることではありません。
「個別指導塾に通っているが、成績が上がらない」とお困りのご父兄は、以上を参考に、対策をお考え下さい。
早ければ早いほどいいです。
「あと1年、せめて半年早ければ」と後悔しないためにも.....
動画がきちんと表示されない場合はこちら↓
ネット空間を見ると、そこかしこに様々な「勉強法」が書いてあります。
.....自分はこうして成績を上げた
.....こういうやり方で覚えると、より成果が出る
などです。
これらは現役の生徒さん本人からの書き込みもあるし、受験関係者からのアドバイスも多いです。
わたしの目から見ると、これらの勉強法は、どの人にも当てはまるとは言えません。
「平均点の取れている中学生」であれば、やってみて成果があるものです。
だいたい、他人様に勉強法のレクチャーをするという人は、受験関係者のようなプロも含めて、「平均点の取れている人」です。
そうでもなければ、誰に頼まれたわけでもないのに、自身の学習法をネットに書き込もうという気にはならないものです。
そうなれば、「平均点の取れない人」、特に「平均点の取れない中学生」にとっては、マネをしようにもマネのできないことが多数出てきます。
例えば、「勉強法」には、副教材ワークを繰り返してやるといいと書いてあります。
これは全くその通りです。
しかし、「平均点の取れない中学生」にとってはきついことです。
習熟度にもよりますが、その「繰り返してやる」ができないのです。
特に偏差値40未満(公立中学校で、100人中85番辺りから下)という人の場合ですと、元々の基礎力が欠落しています。
そのため、副教材ワークを学校から与えられても、自力で何とかできるのは、4分の1程度、せいぜいが3分の1くらいです。
残りは、「学校の指示を守ってとりあえず、やりました」という「解答丸写し」しかできない状況です。
そういう人が「副教材ワークを繰り返してやる」というのは、かなり厳しい話です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
ですから、特に中学生について、「勉強法」といった場合、大別して3つに分けるべきと考えています。
具体的に申し上げると次の通りです。
(1)平均点の取れている人
(2)偏差値40以上49未満(100人中50番~85番くらい)
(3)偏差値40未満(100人中85番から下)
中学生に関していうと、ほんとうはもう少し細かい分類でもよさそうな気がしています。
(2)(3)の生徒さんの場合は、「勉強法」以前に「分からないところが分からない」「学習の習慣がついていない」という人が大部分です。
ですので、「自分がこれに当てはまる」という人は、まず以下の2点をやってもらえれば十分です。
(1)授業をまじめに受ける
(2)学校から指示された提出物は、誠意を込めて書いて提出する
ほんとうは、「毎日、コツコツとやる学習習慣を身につける」というのを入れたいところです。
が、「分からないところが分からない」「毎日勉強すると言っても、何をやればいいのかが分からない」という人がかなり多いはずです。
塾や家庭教師などの指導者の下で学習している場合は、そこの先生の指示に従っていけばOKです。
そういう指導者がいない場合は、自力で副教材ワークを地道に進めていくことくらいしか、わたしには思い浮かびません。
かなり難しいですが.....
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回のコラムで述べた「授業をまじめに受ける」「提出物は、誠意を込めて書いて提出する」というのは、よく考えてみれば、「当たり前」のことです。
ところが、この「当たり前」のことがなかなかできていません。
「自分はあまり勉強も得意じゃないから、せめて授業はまじめに受けよう。提出物はできる限りきちんと出そう」という考えのある生徒さんは、かなり意識が高いと言えます。
圧倒的多数の人は、それに当てはまりません。
提出物については、「誠意を込めて」というところがミソです。
その点、女子はきちんとこまめにやっている人が多いです。
それに比べて、誠意のかけらもない男子の多いこと、多いこと.....(苦笑)
字は判読不可能.....
分からない問題を空白のままにしておく.....
こういう「面倒くさいのでイヤイヤやってます」というオーラが渦巻いているものをチェックする先生方の立場になったら、先生方はどう思うのでしょうか?
「分からない。できない」ならば、せめて「誠意を込めて提出物を書いて出す」くらいのことができなければ、評価のしようがありません。
内申点や平均点を見ると、どこの学校でも女子が男子を上回るのは、こうした状況の積み重ねが原因となっています。
「自分は成績に自信がない」という生徒さんは、上述したように、まずやれることをやってみてください。
そこで成績が上向いたら、また対策を考えましょう。
今回は、指導の際に使う教材そして教材費について述べてみます。
わたしのように家庭教師という指導形態を取っている場合、使用する教材は各人さまざまになります。
その生徒さんの所属校や学年、志望状況を勘案して決めています。
ここで、高校受験を目標としている中学生を例に挙げますと、「教科書+学校の副教材ワーク+菊池推奨の教材」になります。
塾であれば、有無を言わせず、塾で与えられる教材での指導がメインとなります。
わたしの指導では、基本的に「教科書+副教材ワーク」を大切にしていきたいと考えています。
平均点に達しない生徒さんは、この「教科書+副教材ワーク」でかなり間に合います。
成績が上に行けば行くほど、わたしが推奨する教材で指導する割合が多くなります。
この「推奨教材」については、平均点が取れている生徒さんか、あるいはそこに達しない生徒さんかで分けています。
平均点に達しない生徒さんの場合、市販の教科書準拠教材がメインです。
平均点が取れている生徒さんは、塾用に編集された教材を主として使っています。
塾用の教材は市販されていません。
これらは、市販のものに比べて、演習問題の量・質ともに豊富です。
これを可能な限り解いていくことで、成績の積み増しを図ります。
一方、平均点に達しない生徒さんには、ちょっと荷が重い量です。
それゆえ、そういう生徒さんには、市販の教材を使っています。
この場合、わたしが使用しているのは、文理の「教科書ワーク」です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
塾用の教材は市販されておらず、受験関係者以外には販売していません。
わたしは、市販の教材は当然のこととして、塾用の教材に関しても、ご家庭には実費でご負担をお願いしています。
実費というのは、つまり、塾用の教材の販売会社から請求されたそのままの金額です。
塾用の教材が実費でいくらになるのかということは、テキストや学年によっても多少違います。
だいたい1冊1,000〜1,500円です。
春期講習、夏期講習といった講習用のテキストですと、1冊500円〜1,000円です。
そして送料が1回の発送につき、500〜1,000円かかります。
ほんとうは、もう少しハッキリした額を書いてもいいのです。
が、それを書くと、各所で困る方がいらっしゃると思いますので、このくらいにしておきます。
そこは、「大人の事情」ということでお察しください(笑)
わたしのところに入ってくる値段がそのくらいです。
大手の塾などは、もう少し安いのではないでしょうか。
となれば、5教科取り揃えるとすると、年間で最大7,500円程度です。
教科書ガイドは1冊2,000円ちょいです。
これは、教材の中で比較的高価な部類に入ります。
よって、年間の教材費は、英語・数学の教科書ガイドを両方揃えても、合計10,000円をちょっと上回るくらいです。
なお、中学校の副教材ワークは、税込み1冊500〜600円といったところです。
5教科をそろえると、最大3,000円程度です。
(次回に続きます)
(次回に続きます)
通常、塾ですと、実費というわけにはいきません。
そこには、当然のことながら、何がしかの差益が発生します。
教材の管理や発注に手間暇がかかるので、差益の上乗せは当然と言えます。
また大手のところなど、その塾名の印字がされているものがあります。
一見、「独自テキスト」のようですが、中身は通常のテキストと変わらないなどということもしばしばあります。
部数がまとまると、そういうことも可能なのでしょう。
中身を見ると、「これは、あの教材だな」ということが分かります。
また、わたしの場合は、弊サイトにも書いてある通り、教材斡旋で利益を得ていません。
その理由は、家庭教師派遣会社をかたった教材販売会社と同列に扱われたくないからです。
もちろん、ご家庭のほうが、そうした教材を望んで購入したいというのであれば、問題は起こりません。
しかし、ご家庭が希望するのは、家庭教師の派遣であって、教材の購入でない場合は、何かと悶着の種になります。
高額なローンが残り、家庭教師の契約は切れても、毎月の教材費の支払いだけが残るというケースもあります。
学習に必要なのは、その教材を使いこなすことです。
値段の高い教材がよいというわけではありません。
その点、おとどめおきください。
過日来、日本大学のアメリカンフットボール部の選手が試合中、相手に悪質なタックルを仕掛けたということで大きな問題になっています。
報道や状況を見る限り、それが監督の指示の下に行われたのではないかという疑惑が取りざたされています。
この「事件」について、わたしは部活動というものの根本あるいは本質にかかわるものとしてとらえています。
多くの生徒さんが部活動に加入している現状を踏まえ、ご父兄に知っておいていただきたいことを、以下記すことにいたします。
まず、今回のように監督に問題がある場合においても、何か事が起こると、下位にいる選手ほど実害が大きくなってしまうということです。
下位にいる選手というのは、ご父兄から見れば、「我が子」です。
学校の管理者がノラリクラリと責任を回避している間に、「我が子」が真っ先に詰め腹を切らされてしまうのです。
特にそれは「名門」と言われたり、スポーツ推薦入学やスポーツ科など、学校生活が部活動と一体になっているところほどそういう傾向にあります。
実際、今回、悪質なタックルをしたとされた選手は、顔写真や試合の動画などが、インターネットにことごとくさらされてしまっています。
ご父兄からすれば、監督の指示(実際は「指示」というより「教唆」)に忠実であろうとした結果、我が子がこのようになってしまったら.....
相当にいたたまれない気持ちになるのではないでしょうか。
今回の場合は、当該本人にのみ責任があるわけではありません。
彼は相手チームからすれば、加害者かもしれません。
しかし、彼はまた大いなる被害者でもあります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
前回申し上げたのは、名門校の事例です。
「うちの子は、そんなに立派なところで、部活、やってないし.....」とお考えになっていると、意外なところで足元をすくわれる可能性があります。
確かに今回のアメリカンフットボールの例は、かなり極端です。
さはさりながら、部活動というのは、大なり小なり、あのような体質を抱えているものです。
わたしはそれが悪いと言っているのではありません。
そういう体質を全くなくしてしまったら、部活動自体が成り立たなくなります。
わたしがここで申し上げたいのは、子息が加入している部活動が、「ちょっと、これはいかがなものか.....」と薄々感じてはいても、親として声を上げにくい状況にあるということです。
実例を挙げますと、中学校の部活動において、定期試験間近であるというのに、そういうのをお構いなしに、遠征だ、大会だとスケジュールを入れてしまう顧問の先生が存在します。
そういう先生がいるということは、学校側もそれを容認しているということです。
「うちの子は部活最優先で、勉強は二の次で結構です」というご父兄ならばそれでもいいでしょう。
しかし、そういうご父兄ばかりではありません。
そうしたとき「なにも、試験の間近に、こんな大会なんかやらなくても.....」と内心思う方は多いでしょう。
「子供が好きでやってるんだし....」とか、「顧問の先生はうちの担任だから、先生の心証を悪くして、内申書、悪くつけられたら、子供がかわいそうだし.....」などと考えると、声を上げづらくなってしまいます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
もちろん、そういう部活であれば、退部という最終手段が残っています。
しかし、では、例えば、テニスをやめて、バレーボールをやる、もしくは部活をやらないというのに、子息が納得するかどうかという問題が残っています。
別の部に移ったりすれば、子息の友達関係などにも微妙に影響してきます。
では、ご父兄が「ちょっと、これはいかがなものか.....」と感じるような部活動の指導者から、我が子を守るにはどうしたらよいのでしょうか?
最良の方法は、「かかわらない」ことです。
この手の情報は、以前に比べてだいぶ出回りやすくなりました。
そうした情報網を駆使して、入部の段階で「かかわらない」ようにするのが最も確実です。
とはいうものの、子供がそういうところに入部を希望したら、どうでしょうか?
その場合、ご父兄の考え方や家でのルールというものをはっきりさせておくことが肝要です。
子供はご父兄にとって「我が子」であっても、部活動の指導者にとっては、結局「我が子」ではありません。
しかも、部活動の指導者にとってみれば、ご父兄の子息以外に生徒を多数抱えています。
あくまで、指導者は「部全体」を最優先させます。
当然と言えば、当然の話ですが.....
(次回に続きます)
(前回の続きです)
昨今、中学の部活の休養日や実施時間について、お上のほうからガイドラインが決められつつあります。
そこで、いわば「抜け道」として、「任意参加」のクラブチームを作り、休養日などに活動を行うという動きが顕著です。
わたしの考えでは、学校の先生はまずもって、教科指導を行うべきです。
そして、「勉学優先」という立場を崩すようなことがあってはなりません。
ところが、本来なら率先して垂範すべき張本人が、先頭に立って「抜け道」を作っています。
こういう現状は、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、子供本人のためを考えてやっているようには見えません。
また、「いかがなものか」という部活に子息が入部してしまい、子息も辞めるのに納得しているのであれば、遠慮なくそこから離れることをお勧めします。
「今、こうして辞めて、内申書に影響するんじゃないか.....」というご心配があるようでしたら、それは杞憂(きゆう)です。
先生方の心証を悪くするのは、定期試験での低成績と、提出物が期限内に提出されないこと、授業をまじめに受けないことです。
そういうご心配があるようでしたら、きちんと授業を受けて、試験でいい成績を残してください。
「悪い成績をつけられないために、部活に残る」というのは、順序が逆です。
「うちの子は、勉強、苦手だから、せめて部活動で心証をよくして.....」とお考えでしたら、それはムダです。
先生にしてみれば、「それとこれとは別」です。
「我が子」を守れるのは、ご父兄ご自身だけなのです。
動画がきちんと表示されない場合はこちら↓
わたしは中2、高2を「受験0年生」と位置づけています。
そして、生徒さんにも常日頃そのような言い方をしています。
また、ご父兄に対しても、子息を「受験0年生」と考えていただきたいことを、しばしば申し上げています。
今回、焦点を当てるのは、「受験0年生」の中でも、高2の子息をお持ちのご父兄です。
高2の子息をお持ちのご父兄は、子息が中2、中3の時期を経験しておいでです。
また、ほとんどの場合、高校受験を経験なさっていらっしゃいます。
それゆえ、「子供が中2のときはこうだった」「中3の受験のときにはこうなる」ということを、どこかにご記憶でいらっしゃると思います。
ここで、わたしが憂慮しているのは、
「子供が中2のときはこうだった」→「だから、高2も中2のときと同じような感じで.....」とお考えになることです。
結論を先に書きますと、中2と高2では、親の心構えとして、相当違ってきます。
中2と高2では、表面上、大きな違いはないように見えます。
しかし、その違いは、子息が高3に上がったとき、ある日突然のようにやってきます。
特に、子息が、みやぎ模試偏差値40〜55未満の高校に通学している場合、よりハッキリした形で現れてきます。
「どうしよう、うちの子供..... 3年になって、部活ばっかりで、何もやってないんだけど.....」
「高3って、こんなふうになっちゃうのね..... 中3のときとは違う.....」
こういうご父兄の声が、高3生をお持ちのご父兄から聞こえてきます。
では、どこがどのように中学生のころと違うのか、以下述べることにいたします。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
ご父兄の意識に関して申し上げると、みやぎ模試偏差値60以上、例えばナンバースクールあたりのご父兄は、一般的に意識が高いです。
学校からの教育が行き届いているせいか、「え〜 そうなの? 高3になるとこうなるの? 知らなかった.....」というケースはほとんどありません。
それは、そういう学校に通学している生徒さんの意識に関してもその通りです。
彼らは知識として「卒業後の進路・希望」を持っています。
これは、「卒業後の進路・希望」に合わせて、彼らが実際に努力しているかどうかということとは別の話です。
一方、みやぎ模試偏差値40〜55未満の高校に通学する生徒さんの場合は、そういう知識が必ずしも明確ではありません。
早い話が、「明日は明日の風が吹く」という人が、結構います。
「定期試験をそこそこの成績で切り抜けられればいい。卒業後? どうしようかな? とりあえず、大学にでも行ってみるか」という具合に。
そして、それが生徒さんだけではなく、ご父兄においてもそういう場合が多いように思えます。
それでも、子息が最初から就職を目指しているというのであれば、何とかなります。
しかし、「就職するつもりはありません→消去法で、進学」という場合は.....
高3になってから、現状に直面して慌てる人たちが一定数います。
高校側も、そうした現状を看過しているわけではありません。
機会をとらえて、生徒さんやご父兄の自覚を促すようなことはしています。
しかし、高校側がやれることにも限界があります。
高校は義務教育ではありません。
それゆえ、学校側へおんぶにだっこというわけには行きません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
では、具体的に中3のスケジュールと、高3のスケジュールで、どう違うかを記してみます。
<中3>
11月ごろ 私立高校スポーツ推薦の内示
1月半ば 私立高校推薦入試
1月下旬 私立高校一般入試
2月初旬 公立高校前期選抜
3月初旬 公立高校後期選抜
一方、高3のスケジュールは以下の通りです。
<就職>
7月 就職活動1回目
10月 就職活動2回目
1月 一般求人
<AO入試・推薦入試>
8月半ば AO入試
11月上旬 推薦入試
1月中旬 国公立一般入試(センター試験)
2月上旬 私大一般入試
2月下旬 国公立一般入試(二次試験)
みやぎ模試偏差値40~55未満の高校に通う生徒さんの多くは、AO入試、推薦入試、あるいは就職を志向しています。
その場合、中3のときと比較して、いかに速いスピードで日程が進んでいくか、お分かりでしょう。
上記で留意すべき点は、始まりがこれだけ早いということです。
そして、上記の時期は、「開始時点」です。
それに対応するには、この開始時期より前に準備は終えておかなくてはなりません。
「6月の総体が終わって、それから進路についてはボチボチ」というわけには行きません。
スポーツ推薦などで、行き先がほぼ決まっているのであれば、それでも構わないでしょう。
というより、スポーツでの活躍が最優先となります。
しかし、そうでない多くの人はそれに該当しません。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
「子供はもう、高校生なんだし、どういうふうにするかは、後は本人が考えるべきことで.....」というお考えも確かにあります。
それは、そのとおりです。
しかし、子供の自主性に任せるのと、子供に丸投げするのとは天と地ほどに違います。
これまで述べたような高3のスケジュールを頭に入れ、子息に情報提供をした上で、「後はあなたの番」ということなら、子息としても行動しやすいでしょう。
わたしの経験ですと、みやぎ模試偏差値40〜55未満の高校に通う生徒さんの中で、高3のスケジュールをきちんと頭に入れながら行動している人というのは、かなり少数派です。
そうした高校の中でも、成績優秀であれば、いかようにもツブシがききます。
成績は赤点か、赤点ギリギリで、部活動に明け暮れるという生活を送っていたら、どうでしょうか?
卒業する段になって「さあ、どうしよう?????」となるのは目に見えています。
もちろん、そうなればなったで、それは本人の選んだ道だという考え方もあります。
ただ、親にしてみれば、子供が少しでもいい人生を送ってほしいと考えるのは人情です。
子息は高校生です。
いろんな面で大人になっていますが、社会経験が足りません。
その点、ご父兄のほうは、さまざまな社会経験をお持ちです。
子供が苦労しないようにいろいろ先回りして、親の敷いたレールの上を走らせることと、正しい情報を得た上で、子供の自主性に任せることはイコールではありません。
とはいうものの、そのあたりの加減は難しいです。
そうした中でも、親として留意すべきことを忘れずにいたいものです。
「A先生の授業は分かりやすい」
「B先生の授業は分かりにくい」
指導をしていると、生徒さんからしばしばそうした声を耳にします。
この場合の分かりやすさ、分かりにくさは、学校の先生の授業に関して語られます。
わたしが現役学生のころを振り返ってみても、この種のことは生徒間でよく語られていました。
こと受験に関していえば、「指導の分かりやすさ」というのは非常に大切です。
それは今さら申し上げるまでもありません。
生徒さんに「分かりやすい指導」がいいか、「分かりにくい指導」がいいかと尋ねれば、「分かりやすい指導がいい」という答えが返ってくるはずです。
学校の集団授業ならば、先生は「分かりやすい指導」を心がけていればいいでしょう。
しかし、これが受験産業になると事情が違います。
ご父兄が受験産業に求めるのは、「成績の上がる指導」です。
ここで問題なのは、「分かりやすい指導」と「成績の上がる指導」がイコールではない点です。
さらに、厄介なのは、ご父兄が受験産業に求めるのは、「成績の上がる指導」であるのに対し、生徒さんは「分かりやすい指導」を求めてはいても、「成績の上がる指導」を求めていない点です。
受験関係者は両者の狭間で思い悩むことになります。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
ではなぜ、生徒さんは「分かりやすい指導」を求めてはいても、「成績の上がる指導」を望まないのでしょうか。
その理由は「成績の上がる指導」がハードだからです。
ここで「分かりやすい指導」と「成績の上がる指導」の違いの例を挙げます。
池上彰さんがテレビでやるニュースの解説は、典型的な「分かりやすい指導」です。
彼の解説を聞いて、「ああ、なるほど。よく分かった」と視聴者が感じれば、それで目的は達成されます。
その一方で、「成績の上がる指導」とは、クイズ番組です。
それを見ている視聴者は、頭を使って正解を考えなくてはなりません。
「考えるのが面倒だ」という方は、そういった番組をご覧にならないでしょう。
以上を受験指導に置き換えると、「分かりやすい指導」というのは、「脳に優しい」指導です。
小難しいことを考えなくても済む分、分かりやすく感じるのです。
分かりやすくするために、ほんとうは重要なことを省いたりして、精いっぱい分かりやすくしています。
一方、「成績の上がる指導」というのは、「脳に優しい」指導ではありません。
自分の力で考えて、正解を導き出さなくてはならないからです。
それでも、クイズ番組のように内容がおもしろければ、頭を使うことも、また楽しです。
しかし、受験学習というのは、おもしろいものではありません。
となれば、「成績の上がる指導」に人気がないのも当然と言えます。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
子息の成績を上げるために、受験関係者が留意すべきは、「分かりやすい指導」と「成績の上がる指導」のバランスです。
そのバランスとは、生徒さんの年齢、理解度、志気によって、さまざまに局面が変化します。
「分かりやすい指導」ばかりでは、生徒さん自身が満足しても、成績が上がるとは限りません。
逆に「成績の上がる指導」だけでは、生徒さんがついてこられません。
幸い、家庭教師のような指導形態の場合は、生徒さんの表情がダイレクトに伝わってきます。
わたしはその表情を見ながら、「どこを教えるか」「どこを教えずに考えさせるか」ということを判断しています。
ただ、一般的にわたしは、できるだけ生徒さんには、「成績の上がる指導」すなわち、生徒さんが頭を使って考える指導を心がけています。
うまく答えられないようなら、ヒントを出したり、誘導尋問をしたりします。
生徒さんにとってみれば、「分かりやすい指導」だけを聞き、「ああ、なるほど。よく分かった」とだけ思いたいはずです。
しかし、それでは成績が上がっていくことはありません。
その「よく分かった」ことを元手にして、自分自身の力で問題演習に立ち向かっていく場合にのみ、結果が出ます。
まさしく試験というのが、そのような形式を取っているからです。
成績を上げるには、頭を必死に使って、問題演習に取り組む以外に方法はありません。
ほんとうにベタなオチで申し訳ありません。
日本大学のアメリカンフットボール部にまつわる一連の事件は、今もって収束する気配が見えません。
わたしもツイッターで、この件をかなり饒舌に語ってきました。
今回、弊コラムでは、スポーツ推薦入学の盲点について述べてみることにいたします。
まずもって、わたしは、そもそも入学試験というのは、一般入試で入るべきであるという考えを持っています。
それは学校という場所が、結局のところ、勉学をするところだからです。
一般入試で入ってきた人は、推薦入試の入学者と比べると、「強い」です。
誰に対して気兼ねする必要もありません。
また、入学後に行われる授業の際も、一般入試と推薦入試では、前者を経た人のほうが、より基本的な力が備わっています。
そうした意味で、スポーツ推薦は、他の推薦形態、例えば専願、AO入試などと比べても、入学後の「気兼ね」というのが極めて大きくなります。
ここでいう「気兼ね」とは、そのスポーツをつかさどっている監督、あるいはさらにその上の「雲の上の人」の完全なる指揮下に入ることを意味します。
それは名門と言われるところほど、そうなります。
もともとスポーツ推薦とは、「わたしは部活動を一生懸命にやって、学校の名声を上げます。だから勉強のほうは、ちょっとお目こぼししてね」というものです。
そうなれば、スポーツ推薦で入学した場合、その部活動を辞めてしまうことは、その学校に居場所がなくなってしまうこととほぼ同義です。
学校にしてみれば、そもそも学校は、勉学をするところです。
そして、部活動をするからということで、勉強に目をつぶってきた経緯があります。
そういう条件がなくなってしまえば、あとは一般学生と同じです。
「部活を辞めれば、ただの人」です。
(次回に続きます)
(前回の続きです)
スポーツ推薦というのは、前回述べたように、学校・ご父兄・子息の三方にメリットがあります。
ただしそれは、三方が同じ方向を向いていればという条件付きです。
しかし、何か事が起これば、たちまち弱さが露呈します。
一般入試で入った生徒さんに、そうした「弱さ」は存在しません。
こうした場合、立場の弱い人により大きな負荷がかかってしまいます。
「三方一両損」にはならず、生徒さんのみの「一方丸損」です。
まさしく、スポーツ推薦の盲点です。
学校側としては、部活動をしない、勉学をするわけでもないという生徒を抱えるメリットはありません。
子息は子息で、方向転換をして、今さら勉強をやると言っても、なかなかに難しいものがあるでしょう。
日大の例は極端ですが、「ミニ日大」のようなところは、全国至るところに存在します。
ご父兄にとっては、この世に二人といない我が子であっても、学校にとっては、「コマのひとつ」です。
勉学を顧みず、スポーツに一心不乱に取り組んできて、それが急に梯子を外されることになった場合、ご父兄のサポートは欠かせません。
ただそうなった場合でも、あくまでご父兄ができることは、「子息のサポート」です。
そのサポートを受け、自分の力で道を開くのは、子息です。
こうした際、「子息の人間力」が試されます。
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